2018年02月26日(月曜日)
2.26.病気の素は科学で潰して、元気の元は食って着ける。
2月21日に発症した我が肺炎は、
明日、退院できることとなりました。
発症してから丸一週間だが、担当の若い先生には
「順調に回復している。」とおっしゃっていただいている。
炎症を表す血液の数値も軽い風邪程度にまで下がっているそうだ。
体温も36.5℃と平熱そのもの。
声心地よく、快便快食、快眠、快おしっこ?
いずれにしても一週間で、すべてにおいて快適な状態に戻れて、
明日、午前中、
退院できるそうです。
ものすごくうれしい。
65歳以上の男性の死因第4位の「肺炎」といっても
たくさんの種類があって、私がかかった肺炎は、
伝染することにまったく警戒しなくていい病気らしく、
医者も含めて誰もマスク一枚はめようともせず病室でニコニコと談笑できた。
それでも、
肺炎になると胸に水が貯まって呼吸が苦しくなるのが通常のようで、
私も当初は酸素マスクをかぶせされた。
発症当初は痰がたくさん出て、鼻水もずるずるだった。
一息ごとにヒィヒィゼィゼィとうるさい呼吸だった。
38.8℃の高熱は、濁った海の中を泳いでいるような先の見えない朦朧で、
そこからは這い上がる突端があるとは思えない絶望感があった。
そんな絶望感から不意に救い上げてくれたのは、
最新の医学、抗生物質の点滴だったのだろう。
それは実感として思う。
体の中にはびこった細菌をやっつけたのは、
私ではなく、
点滴で注入された抗生物質以外の何ものでもない。
と同時に、毎食出されたたっぷりの「ご飯」は
熱があるからと言って、お粥なんてものが出る訳ではなく、
朝昼晩と毎食180gのたっぷりのご飯が、味気のないオカズと一緒に出て、
エネルギーの元である炭水化物をしっかり食べよと言わんばかり、
病気の素は科学の力でやっつけるから、
体力と元気の素は自分で食ってつけろというものか。
今回は病気を治すという意味が分かったような気がしました。
病気とは、
「休んで」「静養して」
病気が治るのを”待つ”というイメージでしたが、違うのですね。
少なくとも肺炎という病気は、
病気の素である細菌は抗生物質で殺して、
人間はエネルギーの元の食べ物を食って、元気を出す。
一つ、悟ったような気がします。
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2018年02月25日(日曜日)
2.25.お見舞いをいただきました。うれしいものですね。
昨日は、我々のレースカー#37のドライバー平川亮が、
午後、突然、病室に現れてびっくりさせられました。
たまたま、肺炎の事を彼からのメールの返事に書いたので、
来てくれたのだそうで、
親父の晃さんの後押しもあったようですが、
亮君は嘘をつかない人なので、とてもうれしく思いました。
また、新しいレースシーズンが始まったような気がします。
今日は、私の尊敬する一番の先生である遠野社長が、
わざわざ、でっかい果物かごを持って岡沢本部長と一緒に、
やって来てくれました。
遠野社長は太陽です。
病室に入って来られた途端に、部屋いっぱいに明るくなって
大きな声で話し、いっぱい笑い、
「肺炎の人間はヒィヒィ、ゼィゼィと呼吸の合間にいうものだか、
谷さんは全然言わない。これなら大丈夫だよ。全然大丈夫だ。」
とおっしゃった。
たしかに私は、先程まで呼吸の合間にヒィ、ゼィと言っていたはずなのに、
こうやって明るく笑ってしゃべっていると、それが消えてしまうのか、
たしかに普通に声が出ている。
全然ヒィ、ゼィといっていない。
不思議なものだ。
1時間足らずの時間だったが、
私は遠野社長に、エネルギーを満タンにしていただいた。
このエネルギーだけでも、あと何年も生きていけそうな気がする。
今日の午前中に、雪の富山を電車で出発して
娘が刈谷の病院にやってきてくれた。
娘も三日前の私のブログで肺炎の事を知って、
すぐ来てくれたのだ。
孫たちは富山でお留守番だ。
私は娘にお見舞いを受けるなんて照れるので、
いつものように無愛想なおやじでいたが、
ふいに
私が「なんでわざわざ来たんだ?」と娘に聞いたら。
娘「お父さんの顔を見に来たんだよ。ただそれだけだよ。
それ以外に何がある? なんてこと聞くの?」と、
ちょっと怒ったように言った。
思ってもらえるという事は、ことさらに嬉しい。
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2018年02月24日(土曜日)
2.24.技術コンテストを催させていただきます
ウィキペディアで調べたら、
肺炎という病気は65才以上の男性の死因第4位であり、
90才以上においては何と死因のトップが肺炎とあった。
つまり、
私は今、抗生物質の連続投与によって回復しつつあるが、
近代医学のない昔だったら、死に結びついた可能性が非常に高い。
いとも簡単にこういう状態になったことに驚きを感じる。
それとも、
総合病院に入院したあの日、
救急で受付を受けた後、診察を受け、一定の処置を受け、
でもそこから病室に入るまで、
風が通る廊下で二時間も待たされたので、
頭にきて「もう帰る。」と怒鳴って、点滴を引きちぎって帰っていたら、
本当に死んでいたかもしれない。
そう思うと、怒って引き留めてくれた家内に感謝すべきだろう。
短気は損気どころではない。
私が肺炎になったちょうどその日、KeePer技術コンテスト予選が始まりました。
今年でもう5回目になりました。
今年もいっぱいの人が参加して、
集中して、
競って、学び、
競うことによってお互いの技を磨き、
磨かれた技によって、
多くのお客様に、より喜んでいただけることになります。
そのためのコンテストであり、
コンテストに出場されるすべての皆さんの目的です。
それ以外の何ものでもありません。
私達は純粋にそのためにコンテストを催させていただきます。
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2018年02月23日(金曜日)
2.23.実は、肺炎になって入院しています。でも、もう大丈夫です。
長い時間、珍しく消息不明になっていました。
実は肺炎になって入院しているのです。
家内に風邪をもらいまして、
早速、私も家内もインエンザの検査を受けたのですが、
これはきっちりマイナスでした。(念のため翌日も受けてOKでした。)
家内は鼻がぐすぐすいってちょっと喉が痛いと言いますが、
私は鼻も喉も痛くなく、声が出にくくなっていましたが、少し熱っぽい感じで、
ぜんぜん別の風邪のようでした。
とかなんとかいっていたら、
私の方はその日のうちに熱が38.5℃まで上がって、もうフラフラで
近所の町医者に行って胸のレントゲンを撮ったら、
左の肺が一面に白く濁っている。
「あー肺炎だ」先生ひとこと
即、総合病院に行くように救急の紹介状をもらい、
すぐに総合病院に行ったら、
すぐその場で入院が決まり、それからずっと抗生物質を点滴で注入です。
一日目は酸素吸入で朦朧とした状態で終わり、
二日目は、ずっと点滴に繋がれていることが苦になるように戻ってくるが
酸素は鼻から。
それでも38.0℃を切ることなく、
三日目の寝る前にようやく37.7℃ぐらいに下がって、
今朝起きたら37.2℃に落ちて、
昼間37.0度まで下がって、普通にものが考えられるようになりました。
そして、なんといっても腹が減るようになりました。
病院の食事は何しろ薄味でいけません。
今日になって、元気が戻って、お腹も減ったので、
病院食だけで足らず、家内に言ってこってりと甘い羊羹を買って来させて、
病室で食っていたら、看護婦にも、医師にも、薬剤師にまで、
なぜかみんなに見つかったのですが、誰も叱ったりしませんでした。
たぶん、もう、本当に大丈夫になったのでしょう。
突然の行方不明、大変失礼しました。
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2018年02月18日(日曜日)
2.18.今年の冬季オリンピックは面白い。
スポーツはやっぱり勝たなきゃいかんですね。
冬季オリンピックでの日本は、今まで弱すぎたので記憶にも薄いのでしょうか、
それに比べて今回の冬季オリンピックは、
メダルの獲得の記録更新間違いなしで楽しみがいっぱいです。
もうすぐ、小平選手の女子スピードスケート500mがあるので、
放映のチャンネルを確認して、準備OKです。
オリンピックは参加することに意義があるとは
もう、誰も思っていません。
闘うからには、あるいは競うからには、勝つべきです。
勝たなければテレビにも映らないし、
誰にも憶えてもらえない。
北朝鮮のいかにもわざとらしい民族融和のジェスチャーは嫌いだし、
美女応援団は服従姿勢が惨めだし、気分が悪い部分はあるが、
スピードスケートも、モーグルも、ジャンプも、ハーフパイプも
トライアスロンも、カーリングも、フィギュアスケートも、スケートボードも、
勝てるかもしれないから、
見ていて面白い。
世界人口は今、76億人らしいが、
その中で、たった1億2千5百万人の日本人が、
夏のオリンピックと同じように冬季オリンピックでも活躍しているのは、
手前味噌ながら自慢に感じる。
日本人は世界で一番のキレイ好きで、
周囲にも気を使う行儀の良さ、マナーの良さもビカ一で、
そのうえ、スポーツでも強い民族だとしたら、
すごく誇りに思い、自慢に感じる。
こんな気持ちが「神国日本」の元になったのだろうか。
そんなことはない。
日本の戦前の右傾化は、
むしろコンプレックスの裏返しの心理であったと
何かの本で読んだことがある。
構わないので、
テレビの前で日本ガンバレ、日本大好きと、
夢中になろうではありませんか。楽しい。
・・・
信じられないかもしれませんが、
リンダは大根の葉っぱが好きなのです。
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