2017年11月14日(火曜日)
11.14.頭の中が何も考えない。言葉が出ない。
一昨日、#37が日本一になって、
サーキットでは、たくさんの人が
「おめでとうございます。」と言いながら、握手をしてくれたが、
言葉を返そうとするたびに、胸が詰まって、こみあげてしまい、
口をへの字にして首を縦に振るしか出来ませんでした。
人は、ものすごくうれしいと、言葉が全く出なくなるみたいです。
せっかく勝ったのですから、これ以上の勝ちはないくらい勝ったのですから
喜びの言葉をまき散らせばいいのに、何も言葉が出てきません。
何かしゃべると、泣きそう、
でした。
翌日、会社に出ると、
レースに興味がある人はやっぱり少数派だからなのか、
何の盛り上がりもなく仕事が始まって、あまり話題にも上がりません。
ただ、嬉しいことに、
何通もの「祝電」と、
見たことのないほどでっかい胡蝶蘭の鉢が送られてきたりして、
嬉しくって、ちょっと目まいがしたり、
日常ではない瞬間がありつつも、きっちり仕事をしました。
会社の他の人が、
明日からキーパー選手権の優秀店の方とドイツに行くので、
SONAXホフマン社長へ渡してもらう私からの親書を書くのに、夜いっぱい。
この日こそ書くべき勝利の翌日のブログは結局無しです。
今日も研究開発の仕事で、大声を出してみんなと激論を交わし、
ほとんど、一日を過ごしてしまいました。
うちの研究開発は冷静さでなく、まるでバトルロワイヤルのようです。
毎回そうで、体力をすっかり消耗します。
疲れる研究開発バトルロワイヤル。
あれだけの勝利の後、まだ祝杯も挙げていないことに、
これはいかんなぁと気が付いて、
適当にその辺にいる者に、「飲みに行こう。」と声をかけ、
どこへ行こうかとなって時に、鈴置君が中華の「五島園?」というので、
今日はさすがに違うだろうと言って
近所の「ウナギ屋」に行くことにした。
いつものように飲んで食って騒いで終わった。
ふと、
夜ひとりでコタツに入ってボヤっとしてこれを書いていたら、
頭の中が何も考えていない。
すごいことに感動して
涙が止まらなくなった。
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2017年11月12日(日曜日)
11.12.プロのYoshifumi Nakamuraからのもてぎ戦PHOTO
今日のもてぎ戦の写真を、
中村佳史プロカメラマンから送られてきたので、
早速アップします。
さすがに、プロの写真はすごいですね。
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2017年11月12日(日曜日)
11.12.#37はSGT・2017年シリーズチャンピオンなりました。
最終のもてぎ戦、
昨日の予選、我が#37は3位。
シリーズポイント3位の#24 MOTUL GT-Rが予選1位で、
シリーズポイント2位の#6 WAKO LEXUS LC500が予選2位。
これは微妙な結果であった。
しかしポイントの関係で#24または#6がトップを取っても、
#37は決勝で2位以上を確保すれば2017年チャンピオンになれる。
これは作戦も色々考えられて、
いろんなケースが想定される。
しかし、#37は奇策なしの正攻法で行き、
#6がずっこけた間に
圧倒的な予選タイムであった#24は、
結果として53周の決勝戦をトップで走り通し、
しかし2位の#37とは、わずか7秒差であった。
つまり#37は、
見事に2017年のシーズンチャンピオンに輝いたのです。
これは信じがたいほど凄いことです。
人生に一度あるかどうかの大事です。
しかし、ピットの中のモニターを見ていると、
なかなか実感として湧いてきません。
来シーズンの#37は、
チャンピオンナンバー”#1”になります。
しかし、たくさんの人の
「おめでとうございます。」の祝意をもった握手と言葉を受けている内に、
自分が思っていた以上に嬉しさがこみ上げてきて、
うっかり涙ぐむところでした。
この嬉しさを言葉では表現できません。
今日のレースを応援に来てくれた人達。
米国製F-16を日本用に改造したF2が、アトラクションとして飛んできた。
おかげて私は初めてF2を見ることができた。
何か吹っ切れた感じの平川亮選手。
#37がスタートしてからのピットの様子。
50周以上走ってもう2位=チャンピオン決定の頃のパドックの様子。
#37が返ってくるのを待つピット前。
お孫さんにステッカーを着けられてもご機嫌の関谷監督、
大切な人から嬉しい祝意をいただく。
LEXUS君と握手。でも目線はその先に、
その先にはこんな絵が・・
#37を専属して1年間面倒を見てくれた小枝(さえだ)チーフエンジニア。
チャンピオンインタビューに答える平川亮・23才。
相棒の“ニック・キャシディ”ニュージーランド・23才。
史上最年少コンビのSGTシリーズチャンピオンでした。
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2017年11月11日(土曜日)
11.11.人が多過ぎると店が腐るが、少な過ぎると店が縮む。潰れる。
店舗における適正人数とは難しい。
人が多過ぎると、
人は余計なことをやり始めて、
かえってすべきことをしないで、店の商品やサービスが腐り、
店全体が腐る。
この現象には十分気を付けなければいけないので、
私たちの会社では人時生産性を一定以上保つように気を付けます。
しかし、新店の場合、
その店にはまだリピートのお客様は定着していないので、
店は思いっきりヒマですが、
新店で、社員スタッフ”3名”は最低人員として必要とします。
会社として社員の週休2日は最低限の約束であり、
3名がそれぞれ週休2日を取ると、3×2日=6日で、
3名揃うのは週に一回だけとなりますが、
土曜、日曜日は相当に忙しくなるので、フルメンバー揃えるとすると、
1名は週休2日が取れなくなってしまう。
とは言うものの、一か月の間には雨が降る日がそれなりにあるので、
預かりの車が少なくて、
予約もあまりない雨の日には1人営業もありうる。
だから、
土日フルメンバーにした上で
余程のことがない限り週休二日は守られる。
雨の多い月と少ない月があるので、そこは調整しながらシフトを組む。
それでも、立地にあまり恵まれない新店の場合、
来店が少なく人が多すぎる場合もある。
と言って、社員スタッフ2名の体制にはしてはいけない。
これだと平日は1人営業が当たり前になって、
土日にやっと2人営業。
1人営業はお客様にとっても異様に映るし、この店に通おうとは思わない。
それなりの店に一人だけでの営業は、会社から諦められた店がすることだ。
やっている者にとってもつらい。
「俺って何やっているんだろう。」とつぶやく。
これをやると、お客様か全く増えずに店が縮む一方になる。
店舗とはある程度のお客様が入るようになると、
初めてその存在が見えるようになるもので、
その限界の点を臨界点と言っている。
社員3名体制で人手が余るのならば、
それは来店されるべきお客様の認知が低すぎでいるので、
余力の1名分は
ポスティングや、周辺への法人への営業、いろんな集会への参加など、
周辺の方への店舗の認知を進めるための活動を積極的に行うべきで、
それをしないと、
その店はある一定の認知力よりも低い訳なので、
つまり、臨界点に届いていない状態で無用に人減らしすると、
せっかくの新店を臨界点に届かないまま潰してしまうことなる。
新店は3名。以上でもなければ以下でもない。
新店は3名が適正で、店舗の認知が進んで来店が臨界点に届けばOKで、
月間3百万に届くようになったら1名ずつ動員する。
それで順調に成長していくはずである。
新幹線から見る富士山はOKであった。
「キーパーLABO小山店」
木下店長と甲斐チーフ。
がんばれ
小山店はホームセンターカインズさんの敷地にある。
もてぎの山は今紅葉が真っ盛りである。
水戸の街に着いた時はもう夕暮れで、明日の大晴天を約束していてくれだ。
「キーパLABO水戸内原店」
江波チーフ。
狭い柏店で鍛えられている長谷川店長。
活発な一級技術資格伊藤大地スタッフ。
キーパーLABO水戸内原店はちゃんと臨界点を突破しているようだ。
しかしこの店のつくりはキャパシティが思ったよりも低い。
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2017年11月11日(土曜日)
11.11.スーパーGTチャンピオンがかかる最終「もてぎ戦」に向けて
スーパーGTをサポートするようになって6年目? 7年目?
よく憶えていないが、いずれにしても随分になる。
その前のスーパー耐久の時代から考えるともう15年以上になる。
更に言うならば、
KeePerを持って全国を回り始めた頃1990年くらい?
まだガソリンスタンドも運営していた頃、
スタンドのアルバイトの神谷知宏君という高校生がいました。
この子がレーシングカートをやっていて、
レース毎にプラグとタイヤを新品にするので、
「少しでいいから助けて下さい。」と言ってきて、
月に一回くらいのペースで、2万円ぐらいのお金を援助したことがあります。
最初はそれだけだったのですが、
「一度でいいからレースを見に来てほしい。」と請われて、
岐阜県の瑞浪にある「瑞浪レークウェー」というカート用サーキットに行って、
カートの何とかいうクラスの全日本選手権を見ました。
見て特に面白いと思ったわけでもなかったのですが、
何かの拍子にちょっと乗って見てと言われて、
ちょっとだけ乗って見て、
・・・・
たちまち夢中になって、しばらくレーシングカートにはまりました。
私の青春の一つです。
それが、また何かの拍子に四輪のレースカーに乗る機会があって、
たちまち夢中になって、自分が乗るだけでなく、
その世話をしてくれたおじさんの草レースをスポンサードしたりして、
それからずっと何かのレースをサポートしてきました。
その相手もいろいろあって、変わって、変わって、
今のTOM’Sをスポンサードし始めてもう5年目になるでしょうか。
色んな遍歴があって、
とうとう日本最高のスーパーGTで、
最高カテゴリー500クラスの
年間チャピオンがかかる2017最終戦「もてぎ戦」に向かっています。
二十年前のあの頃と何が変わったのでしょうか。
私は何も変わっていないのですが、
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