2016年10月20日(木曜日)
10.20.稼いだカネ、もらった金、当たった金、取った金、
【稼いだカネ】
人に対して労力とか物とかサービスなどの価値を提供して(=働く)
その見返りとしていただくのが「報酬」であり、「対価」ともいう。
このことを総じて「仕事」と言い、
そのカネは”稼いだお金”です。
世の中のほとんどの人が”仕事”をして、
おカネを”稼いで”生活しています。
【もらったカネ】
それに対して、少数派ですが、
裕福な親からもらったお金で生活したり、
もらった土地やマンションとかの不動産を、人に貸して、
家賃を取って生活をしている人がいます。
こういう人は大変平和な生活をしているのが特徴でしょう。
お金や資産が減ることに非常に慎重で、破産したりすることは滅多にありませんが
しかしその資産で事業などを興して資産を増やそうというような冒険もあまりしません。
【当たったカネ】
宝くじに大当たりして何億円も儲かったり、
あるいは何かの投機で大当たりして大儲けをしたりしたら、
バーッと派手に大盤振る舞いをして、気が付いたら使い果たすようで、
億円単位の宝くじに当たった人の七割以上の人が、自己破産するそうです。
【取ったカネ】
信用してくれたのに、その人を騙して取ったカネや、
気を許して油断している人から盗んだりしたカネ、
信頼してもらったのに、裏切って取ったカネは、
人の恨みや憎しみを伴っているので、
その金で何を買っても何をしても決して楽しいことはなく、
人の信用を失っているので、
決して増えることもなく、減る一方で、減ることによって不幸になるようです。
【稼いだお金】
稼いだお金とは、
人に労力や物やサービスを提供して、
報酬や対価のその金額が、
その価値を生み出すための費用以上ならば「利益」を生み出すことになり、、
その価値が、人に何らかの幸せを提供するものならば、
その利益は生み出し続けられ、
その価値が人から求められ続けるので、
人に喜ばれながら、人から求められながら、
利益が重なってそのお金は増え続けるようです。これを事業と言います。
事業で稼ぐと言うことは
人から求められ、
喜ばれる価値を造り出すことによって成立するので、
稼いだ人も喜ばれ感謝されることで幸せです。
この稼いだカネは継続的に増え続けることになります。
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2016年10月19日(水曜日)
10.19.・・・に見られたい。と思ったことはない。
私の左足は、
ドイツのマイスターが造ってくれた魔法の靴に守られています。
しかし、最近、困ったことに気が付きました。
足首の内転が進行しているようなのです。
ポリオの後遺症が残った左足は、細い骨で構成されており、
内転している足首の全体を
魔法の靴内側のグラスファイバーとクッションでくるむように支え、
歩けるようになっているのですが、
調子がいいので調子に乗って動き回っている間に、
内転の度合いが、この靴を使い始めた頃より進んでいるような気がするのです。
この足は使うことによって鍛えられることはありません。
使えば使った分だけ変形が進んでしまうだけで、
この魔法の靴は現状を著しく改善はしてくれていますが、
治療をしてくれている訳ではないので、それを忘れてはいけません。
私の日常は一歩一歩の痛みとの折り合いです。
何十年間もそうです。
でもこの痛みは他の誰にも分りませんので、
いちいち痛がっても何の足しにもならず、何の解決にもならないので、
「ま、いいか」で、出来るだけ無視します。
すると、何かの物事、特に仕事に集中している時は、まったく感じません。
だから、この足は私につきまとってきますが、
私の人生に大きな影響を与えているようなことはありません。
関係ありません。ただ、痛いだけです。
ただ、これが私の弱みであることは身に染みて知っているので、
出来れば他に気付かれないようにしたいと潜在的に思っています。
しかし、二三歩歩けばすぐ分ってしまうので、隠そうとは思いませんが、
出来れば分らない方がいいなとは思っています。
しかし雑踏の中を歩いている時は、
むしろ居直った気分で、びっこを引きながら”どけっどけっ”の気分です。
しかし弱味というものは微妙なもので、
気付かれたくないという気持ちと、
誰かが気づかってカバーして欲しいと気持ちと、
同情して余計な事をして欲しくない気持ちと、
入り混じって、自分でも勝手なものだと思います。
しかし、だからなのか。
自分が大きな弱みを持っていると思っているからなのでしょうか。
若い時から、金持ちに見られたいとか、
カッコよく見られたいとか、
ほとんど、思ったことがありません。
31年前、独立して会社を創った時、
一応、私は”社長”になった訳なので、
ホステスさんがいるような店で、
社長の名刺を見せたら”もてる”だろうな。
チヤホヤされるだろうなと思って、真っ先にキャバレーに行ったのですが、
どうしてなのか全くチヤホヤもされず、”もてる”こともありませんでした。
たぶん、社長なんてのは、
1人だけの会社でも、1人の社長がいる訳であり、
社長を名乗る奴なんざ掃いて捨てるほどいるので、
ホステスさんもいちいちチヤホヤなんてやってられなかったのでしょう。
キャバレーでの社長の名刺の威力の無さに、
私はがっかりして、懲りて、
31年前のあれ以来、キャバレーなどの飲み屋さんで、
”もてる”ことを期待して名刺を出すことは一度もなくなりました。
あれがトラウマになったのでしょうか。
私は女性のホステスさんに”もてる”ことは、金輪際ないと思っています。
こんなことはどうでも良いことですが、
いずれにしても、
私は・・・・に見られたい。と、思ったことがほとんどありません。
あったとしても、思い出せません。
自分を自分以上に見られたいと思わないし、
それどころか、
自分の本当の姿を判ってもらいたい、
自分のことを知ってもらいたい。
自分は・・・なんです。・とも、まったく思わないのです。
どこから見ても、
ただの太った初老のおっさんにしか見えない自分を、
それでいいと思いますし、それ以上になりたいとも思いません。
私は見たままのデブのおっさんです。
それで十分です。
車好きで自動車はずいぶんわがままをさせてもらいましたが、
その自動車が好きで乗っただけであって、
その自動車に乗っている自分がカッコイイと思って乗ったことはありません。
他人がカッコイイ自動車に乗っているのを見ても、
そいつ自身がカッコイイと思ったことはないので、
自分もそんな事がある訳がないので。期待もしません。
ましてや、自分以上の自分に見られたくて、
高価なものを身に着けたり、持ったりすることもありません。
他人が自分を自分以上に見たとしても、何の意味もないからです。
ただ、弱味があって、少しだけ普通ではないので、
弱味が解消して普通になれたらどんなにいいだろうと思ったりはします。
しかし、どうでもいいことです。
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2016年10月17日(月曜日)
10.17.男にとって一番言われたくないこと
私の知っているごく狭い世間の中だけのことかもしれませんが、
私の知っている経営者で中年層以上の男性には、バツイチがとても多いのです。
若い頃に結婚して、離婚し、
再婚して、新しい奥さんとの間に子供が生まれて平和に暮らしている。
具体的に名前を上げるわけには行かないが、本当にそんな人がすごく多い。
よく考えてみると、あの人も、あの人もと思い出します。
それぞれの人から別々に聞いた一人一人の話を思い出してみると、
一つの共通項があることに気が付きました。
彼らが言うには、
「前の奥さんから『あなたのせいで私はこんなに不幸だ。』と、いつも責められた。」
のだ、そうです。
妻から「私は”幸せ”です。あなたのおかげです。」と言われ、
感謝されるのは、
男にとって大きな幸せです。
その幸せな気分の大きさを思うと、反対に、
妻から「あなたのせいで私は不幸だ。」と言われる夫の不幸せの大きさも
容易に想像がつきます。
妻が、夫のせいで不幸だと言うことで、夫も不幸になるのならば、
この夫婦は一緒にいることでお互いに不幸なので、
一緒にいる理由はなく、当然、離婚するでしょう。
多くの男性は、
女性を幸せにしたいと思って結婚します。
多くの場合は本当にそうです。
経営者になるほど力を持った男性は特にそうです。
女性を幸せにして感謝を受けることによって自分も幸せになれると思います。
しかし、
一部の人とは思いますが、
一部の女性は、いくら幸せの素をもらっても、
まだ足らないと思い続け、いつまでももっともっと欲しいと思い、
自分は、もらっている幸せの素が足りない不幸な女だと思い続け、
「あんたのせいで私は不幸だ。」と、夫を責め続ける人がいます。
不幸の理由はいくらでもあります。
経済的に恵まれても、夫に色々な問題や事情がある場合もあるでしょう。
しかし、それでも男にとって一番つらいのは、
「私はあなたのせいで不幸だ。」と言われることです。
これを言ったらおしまいです。
それがどんな理由であろうと、
夫のせいで自分は不幸だと思い、夫にそう言ったとしたら、
その女性は本当に不幸であり、夫がどのようにしても、
たぶんずっと不幸なのでしょうし、
「あなたのせいで私は不幸だ」と言われる夫は、本当に不幸ですから、
当然の帰結として離婚するのでしょう。
少なくとも「あなたのせいで私は不幸だ」を言ったら、破滅するしかありません。
でも、そうやって離婚した人が、
再婚した相手と、多くの場合、幸せにうまくやっているのは不思議です。
学習能力があったということでしょうか。
でも、少なくとも
「あなたのせいで私は不幸だ。」とは言わない女性と再婚しています。
幸いにも、
私は「あなたのせいで不幸だ」と言われたことはありません。
「あなたのおかげで幸せです。」とも言われたことはありませんが。
それでとりあえず平和です。良かった良かったです。
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2016年10月16日(日曜日)
10.16.それぞれの人の東海店、中川店、甚目寺店、
今日は午前中、ほんのちょっとだけ事務所で仕事をしていたら
中央トレセンに阿比留副所長がいました。
彼も遊び下手の仕事大好き人間なのでしょう。困ったものです。(笑)
10時過ぎに、まず【キーパーLABO東海店】
東海店には、もうベテランの域に達しつつある安部店長がいます。
本当に安心して見ていられるようになりました。頼りになります。
副店長の北村君は、
西日本の新店ラッシュ第一陣では「店長」の声がかかりませんでしたが、
いつでもオーライで、満を持しています。
体調を崩していた谷基司君が、
正真正銘の健康な元気に戻っていました。
以前会った時も復調を確信していましたが、
今日は、何年か前の谷基司君を思い出す完全な健康です。
こんなに嬉しいことはありません。本当に良かったです。バンザイ。
今年新入社員の技術ナンバー1の折り紙が着いた矢下田スタッフと、
とってもいい笑顔になってきた渡邊チーフ。
東海店は、造ってから10年を越しているので、
そろそろ模様替えをと思いますが、新VIでどんな風にしましょうか。
次に【キーパーLABO中川店】
堀店長はヘルニアで腰が痛いようです。
でもコルセットベルトは気持ち悪いですが、ぜひ着けましょう。
私ももう三年も着けていますが、やっとそろそろ外すこともあるくらいです。
がんばって下さい。腰の痛みはよく分ります。
一級技術資格者服部スタッフは、まだ二年目ですが、風格が出てきました。
右のアルバイトの前浪君と、
今年新入生の奥岡スタッフ。
奥岡君は【祝、一級技術資格合格】です。
とってもかわいいだけでなく、すごく真面目とも聞きました。
一級技術資格者 川村未来(みき)さん、
この時間、中川店はたまたま洗い場に車がいませんでしたが、
ブースの中には三台のコーティング施工車が入っています。
【キーパーLABO甚目寺店】
二年目の一級技術資格者橋本君は、いい感じです。
何かやらせたいですね。
もう10年以上アルバイトさんで助けてくれている一級技術資格者横山さん
右からアイビー石油さんから研修に来ている塚原さん。
良い経験をしているそうです。
11月中旬から畑店長はキーパーLABO西熊本店の新店長として赴任します。
初めての新店ですが、お客様に素直に”聞く”接客が出来るようになっています。
それが一番強い力であることを、彼が証明してくれるはずです。
そして一級技術資格者小高スタッフ。
最後に河村流チーフ。
本当はこの店舗のチーフは沖田君ですが、法事でお休みでした。
畑店長を誘って二軒隣りの「めしや」に行きました。
またオカズを取りすぎたので、ポテトサラダを畑君に食べてもらいました。
畑店長の大喰らいは半端ではないのです。
甚目寺店は今日は満タンです。
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2016年10月16日(日曜日)
10.16.幸せの尺度を他人に決められることはない。
昨日、「落ちるべくして落ちる店」として、
店がだらしなくて食べ物がうまくなく、
でも、ご主人夫妻の感じは良い古い喫茶店のことを書きました。
こういう店は喫茶店に限らず
落ちるべくして落ちていくものだとも書きました。
でも、そう書いてから、
色々と考えました。
あれではあの店はどんどんお客様が来なくなって、
売上も落ち、繁栄することなく寂れていくことでしょう。
でも、あの60才前後の初老のご夫婦は、幸せなのかもしれません。
昨日見たあのご夫婦の表情は、忙しく充実した顔をしていました。
繁栄は、人によって基準が変わります。
1万円も稼げれば嬉しい人もいれば、
1億円ぼろ儲けしても嬉しくない人もいるでしょう。
ウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカが言っていました。
「人間は人や動物によって幸せになれるが、お金や物では幸せになれない。」
本当にその通りだと思います。
お客様の都合ではなく、
自分の都合に合わせて、
自分の好きなように店をやれば、
お客様は減って、店は繁栄せず、寂れ、落ちていくでしょうが、
店が自分の所有であれば、家賃も要らず、
自分達夫婦だけで店を運営すれば、払うべき人件費も要らず、
少ないお客様で、少ない収入であっても
自分の好みで自分の気分のままに、
それでも来てくれる馴染みの客だけ相手にして店をやって生きていくのは、
それはそれで幸せなのでしょう。
逆に、お客様のことばかりを考え、
お客様の都合に合わせて、お店づくりをして、
お客様が喜んでくれることをだいいちにして美味しい料理を作り、
一生懸命がんばっていると、
お客様がだんだん増えて、目が回るほど忙しくなって、
それでもがんばっていると
2号店、3号店とビジネスが拡大して、人が増え、
価値観の違う人たちを根気よくつきあって、ある時はねじ伏せて、
際限なく拡大して行くビジネスに気が狂うほど忙しく、
休みもなく使った体はボロボロになり、調子の悪い体をダマシダマシ使って、
終わりの無い繁栄と達成を追い続け、。
いつの間にか何百店ものチェーン店が出来て、
しかしある時、パタリと倒れて、
言い残すこともなく死んで終わるのかもしれない。
そんなサクセスストーリーと、どちらがいいのか。
その人の価値感と人生感に寄るのでしょうが、
その価値感が現代は多種多様になっていて、
必ずしも、繁栄を追求する働き方に価値を見出している人ばかりでもないので、
だから、繁栄を追求するような価値観を善しとして、
自分優先の生き方を”落ちる”と決めつけてはいけないのでしょう。
人は、幸せの尺度を他人に決められることはないのですから。
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