2016年02月24日(水曜日)
2.24.うどん100本とそば100本の違い。
今日の昼から東京で、かしこまった仕事があるので、
珍しく朝一番で床屋に行って散髪してきました。
夏のほとんど坊主頭に近い短髪から、普通の七三に分けた仕事頭に髪を伸ばしました。
それでも、頭の地肌が髪から透けて見えるようになったので、
「俺も、髪が薄くなってきたなぁ。地肌が透けて見えるね。歳とったな。」と言ったら、
床屋のマスターが言うのです。
「谷さんのは、毛が減って来たんじゃないですよ。
本数は変わらないけど、一本一歩の髪が細くなってきてるんですよ。
うどん100本と、そば100本との違いだね。」
と、上手いことを言います。
すごくイメージが湧きました。
私の頭の毛は、ハゲてきたのではなくて、
「うどん」が、「そば」に変わってきただけだったのです。
なるほどです。
この会社も、
今でこそ株式を上場させていただいていますが、
始まった最初は、家内と二人だけの会社でした。
それから入ってきてくれた社員も、
どこにでもいる普通の若者たちでした。
それが毎年入社して、三百人を超す仲間たちに膨れ上がりました。
それぞれが上場会社の社員らしくではなく、
ただお客様の為に働いて、それが自分や自分の家族のためになると信じて、やってきました。
それが、今度は、
もう一つ社会的信用と認知をいただくことで、
社会とそれぞれの人達に役に立つ会社に成るべく、
東証の本則市場に市場変更することを承認していただきました。
加えて新株を発行して公募や、
役員が事情に合わせて売り出して(私はなし)、
新しい株主様を募り、
本則市場の上位市場に上場できるように努力します。
とはいっても、
たとえば本則市場の一部(二部)に上がったとしても、
それぞれの一人一人が変わる訳でもなく、
やれることが変わる訳でもなく、
実は何の変化もありません。
それなのに、怖いのは、・・・らしくしなければならないとして、
今までと変わった事をやれるような気になってしまうことです。
出来もしない事でも、出来るような気になってしまうことが一番怖い所です。
髪の毛の一本一本の数は変わらずとも、
うどんほどの太さがあった髪の毛がそばほどに細くなると、
髪の毛が少なくなったとか、薄くなったと勘違いして、
ハゲてもいないのに、発毛剤で手入れしたりするのと同じように、
その逆で、
変わってもいないのに、
変われたような気になるおっちょこちょいにならぬよう気を付けなければいけません。
東証本則市場への変更の承認をいただいて、
実際に変更の日が来ても、
急に何かが変わるものではないことを肝に銘じなければなりません。
うどん100本とそば100本の違いだけです。
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2016年02月23日(火曜日)
2.23.・・らしく見えることよりも、
たとえば、
お金持ち”らしく見える”人がいるとして、
でもその人は、”らしく見える”だけで、
むしろ、そうでもない人だとしたら、
それどころか、
らしく見えるための小道具や、演出にお金が余分に要って、
本来持っているお金の水準以下の生活しかできていないとしたら、
それはむしろ滑稽で情けない。
しかし、
それでも、らしく見られる生活とはどういうものか。
やったことが無いから解からないが、
多くの人が実際の自分より
上に見られようとするので、悪くはないのだろう。
・・・に見えるように・・。は、
日常生活の中にしっかりと根付いています。
実際より足が長く見えようとするし、
利口そうに見えようとし、
お化粧で目が大きく見えようとしたりする。
人は、
“どうあるか”というより前に、
“どう見えるか”の方に、力を入れる傾向があります。
”何をするか”よりも、
”何をしているように見えるか”が、気になります。
実際がどうであろうが、
どう見えるかが肝心であり、
見えているものが錯覚であっても、
それが本物よりも良ければそれでいいのでしょうか。
しかし、
“らしく見える”ことに、何の意味があるのか。
実際にそうではないのに、そう見えることに何の意味があるのでしょうか。
ひょっとしたら、
・・らしく見えないとしても、
実際にそうであれば、
らしく見えることはむしろ必要ではなく、
何も失うものはなく、むしろ豊かであるのかもしれません。
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2016年02月22日(月曜日)
2.22.LABO世田谷店が、いつの間にかトップを快走。
関東の、とりわけ東京の強さをひしひしと感じている今日この頃です。
キーパーLABO直営41店舗の内、
今日現在のトップはLABO世田谷店であり、
2位足立店、3位草加店、4位板橋店、5位八王子店と、関東勢が圧倒的であり、
6位にようやく大須店が入っています。
トップのLABO世田谷店は、
3年前あまり前にカーディーラーを改造して開店してからすぐには、
お客様が全く来なくて、本当に困ったスタートでした。
東京でもど真ん中の世田谷は、
圧倒マーケットを背後に持ち、
開店と同時に大勢のお客様が押し寄せてくると思い込んでいたのですが、
見事に空振りで、まったくお客様が来ない日々が続きました。
Web活動の反応も少なく、
どうしたらいいのか、解からなくなっていたころ
お客様が来られるようになったきっかけは、
なんと”新聞折り込みのチラシ”でした。
こういう高級住宅街の世田谷なんだから、宣伝もデジタルが有効で、
新聞折り込みチラシなんて、時代遅れはダメだと思っていたら、
ビンビンと反応して、お客様が見る間に来られるようになったのは、
一番アナログのチラシでした。
あれから、前年比180%とか150%なんて毎年記録しながら、
いつのまにか、LABO全店中トップを走るようになっています。
世田谷店はもうトップを譲ることはないでしょう。
東京はすごい。
とりわけ世田谷はすごい、
そのLABO世田谷店で、
昨夜、テレビコマーシャルの”作業”の撮影をしました。
モデルは、相変わらずあの増田です。
お楽しみに。
LABO世田谷店で、気持よく店を貸してくれた。
「奥村店長!」と野次馬の「押谷店長(新高島平店の予定)」
奥村店長と言えば、何年か前、
自分のことを「背あぶら~」と呼んでいたアルバイトの
あの「セアブラー奥村」です。
あれがLABO世田谷店の店長とは、隔世の念深く、私も歳を取ったはずです。
坂元君。
堀向井君。
そして働き者で信頼の大谷君。
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2016年02月21日(日曜日)
2.21.テレビコマーシャル撮影で、企画制作課、撮りたい放題
今日は今年4月15日から流す新テレビコマーシャルのロケ撮影です。
場所は、幕張のレトロチックなマンションが建ち並ぶ街角。
このプランは、電通の大塚さん作。
とびっきりキャラ強い人です。
その一角の歩道を急ぐ美しい女性が、
KeePerをかけたキレイに車に映る自分の姿に、思わず見とれて髪を整える。
そうしている間に、たくさんの人が車の周りで身だしなみを整え始めて、
クルマの周りに人だかりができるなんて感じのCMです。
ビデオでの撮影がメインですが、
ポスターなどに使うスチール写真もビデオ撮影の合間に撮りますが、
あくまでもビデオ撮影が優先であり、
スチールはこそこそっと合間を縫って申し訳なさそうに撮るもののようです。
それでなのか、どうか、去年のコマーシャルで撮ったスチール写真は、
わが社のデザイナー諸君には使いにくかったようで、
どのデザイナーも、どのスチール写真も使いませんでした。
それで、今回は、
来ていた制作企画課5名デザイナーが、それぞれ自分でカメラを持って、
勝手にパチパチ撮っていたのです。
これは、ハラハラものでした。
スチール写真は、ビデオに遠慮しながら撮るものなのですが、
撮っている者がクライアントの社内のデザイナーたちで、
ビデオ撮影の人達も、下手に「邪魔だよ」とも言えず、
我がデザイナーたちは、撮りたい放題で撮っていました。
私達の会社のデザイナー諸君は、普段は、
日本国中のキーパープロショップの皆さんのご希望を実現するために
全力を尽くしていますが、本来的に自主性が強く、
それぞれが自主的に良いと思った事を考えて、行動しています。
総勢70名ほどの撮影部隊。
一人一人を捕まえて「あなたの役割は何?」って聞いてみたくなります。
すごい人たちです。
誰も、人の言ったことで、
良くないことだと腹の中で思ったまま、
口先だけいいように言って、服従してしまうなんて者はいません。
そんな卑怯者はいません。
中にはたまにいるかもしれませんが、少な過ぎて、大きな要素にはなりません。
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2016年02月21日(日曜日)
2.21.ムヒカ大統領が映画になるそうです。
「世界一貧乏な大統領」と呼ばれるウルグアイのムヒカ大統領が、
日本でも脚光を浴び、彼の素晴らしくシンプルな哲学と
政治姿勢、数々の奇抜な政治的功績は、
世界中の人に共感を積み上げ、高い評価を受けています。
昨日、日本のテレビでも取り上げられていましたが、
デレビの中では、
一つ肝心なことが抜けていました。
彼は30才前後(?)から、当時のウルグアイ軍事政権と戦う
極左の都市ゲリラ組織「ツパマロス」に参加していて、
過激かつ重要な役割を果たしていました。
そして何度も投獄され、
最後の約13年間にも及ぶ投獄では、
7年間、換気口も窓もない床も壁もコンクリートの部屋で、
時には1.5m×2mの井戸の底の独房で、大変つらかったそうです。
仲間がどんどん死に、
精神が壊れ、気が狂っていく中で、
過酷な環境で自らの死と闘いながら
自分の「精神の奥底にいる自分と対話」して、精神を保ったのだそうです。
残り6年間はそれでも「本」を与えられ、
それは科学の本とかの学術の本だけだったそうですが、
むさぼるように読んだそうです。、
きっとムヒカの原点はここだったのでしょう。
物は人を幸せに出来ない。
幸せに出来るのは、人を含めた生き物だけ。
貧乏とは、次から次へと欲しがり続けることだ。
などなど
ここで、彼の人類を語る論理が造り上げられたのでしょう。
人々を幸せにする独特の発想と実行力を身に着けたのではないでしょうか。
究極の拘束の中でこそ、
何物にも束縛されない精神が生き、
独創的かつ平明な自由な発想が生まれたのでしょう。
すごいですね。
自分の「奥底にいる自分との対話」とは、
私にはとてもそんな境地になれませんが、
意味はよく解かるような気がします。
ところで
ムヒカ大統領をテーマにした映画を撮っているそうです。
監督は鬼才クストリッツァ。
この素晴らしい監督が、この部分をどう表現するのか、
楽しみで仕方ありません。
もうすぐ東京です。
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