2016年01月11日(月曜日)
1.11.今日で、年末からの余韻も終わり
年末は12月31日大晦日のフィナーレで終わります。
そして1月1日の元旦は、全社、全員休み。
2日からはドライブショップ内の店舗と、ショッピングモール内の店舗が始まり、
4日からは全店の営業が始まります。
お正月明けは、年末に洗い損ねた人とか、お正月に遠出をした人で、
店はけっこう混みます。
しかし6日、7日、8日はちょっと空いて、
だから、8日は、
毎年全社員会議をやらせていただきます。
そして、9日(土)、10日(日)、11日(成人の日)の三連休は、
年末からの繁忙の最後の名残りのようにたくさんのお客様が来られます。
そして来週から、いつものようならば、静かになります。
2月いっぱい、3月になるまで、静かな日になります。
この期間は、まるで冬眠のようになって、色々な刺激策も効きません。
だから、みんなは一週間の連休を交替しながら取ります。
年末は中々お休みを取らずに頑張ったので、
1月中旬から2月にかけて、
ゆっくりと長めの休みをとって、体と心を癒します。
この交代でのお休みがあるので、
みんな、これを楽しみにして年末の頑張りが出来るのですね。きっと。
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2016年01月10日(日曜日)
1.10.「我慢」が「改善」を邪魔することがある。奇跡のような「靴」
昨日、名古屋の上前津にある「FOOT MIND」という靴屋さんで、
私にとって奇跡のような「靴」を手に入れました。
私は4才の時のポリオで、
左足が委縮して短く、足首の関節が不安定です。
それでも歩くのが苦手くらいの感覚で普通の生活をしていたのです。
そしてそれとは関係なく、
二年前に健康のための二週間の検査入院をしたのですが
その二週間の間に、
悪い姿勢でPCを打ち過ぎたのか、
予定外の椎間板ヘルニアを患ってしまい、寝返りも打てないくらい痛くて、
しばらく動けなくなっていたのです。
それから二年間、ある程度治ったのですが、それから遅々として良くならず、
我慢できずに、
知り合いの大変お世話になったあるお医者さんに相談して、
ある若い「名医」を紹介してもらいました。
その名医は、私の腰と左足をぐりぐりといじくって、
なるほどと今までとは違う薬を出してくれました。
そうしたら、その日の夜、
ピタッと痛みが無くなって、
もらった薬が無くなり飲まなくなっても痛みは戻らず、治ってしまったのです。
治ったのかどうかは、その名医が治ったとは言っていないので分りませんが、
少なくとも苦しかった痛みはなくなってしまったことは確かです。
あの苦しかった二年間はなんだったのだろうか。
我慢し続けなくて本当に良かった。
今はまだベルトだけはしていますが、痛みはまったくありません。
しかし、腰が苦しかった二年間、
車いすなどを使っていたので
その間に足の筋肉が弱って、
特に左足の弱い足首の変形が進んでしまい、
歩くと足首が痛くて、そっと、少しだけしか歩けなかったのです。
元々医療用のインソールを入れたドイツ製の修整靴を履いていて、
その靴のおかげで、独立してからの活動が出来るようになった経緯があり、
その靴と靴屋さんには感謝しているのですが、
足の変形がひどく進んだ現状には合わないようになっていて、
相談をしても、らちがあかず、我慢しきれなくなって、
インターネットで調べて、何軒も行って
最後に今の靴屋さん「FOOT MIND」を見つけました。
「FOOT MIND」では、今までやった事のない立体的な足の型を取って、
見たことの無いようなデカい立体的なインソールを造って、
足首までをカバーするこのインソール用の靴に入れて履きました。
ところが部分的な不具合があって、
血マメが足にできて大変だったのですが、
(ここまでは、以前書いたことがあります)
不具合を調整してそのマメも治り、
立体インソールの形を修正して、
最後に、靴の”底”を大改造して、足首の向きを固定したら、
これは奇跡と呼びたいくらいなのですが、
普通に歩けるようになりました。
杖もつかずに、普通にまっすぐ歩けるようになったのです。
だいいち、まったく痛くないのです。
足の角度をキチンとして、インソールでホールドしたら、
まったく痛くなくなって、普通に歩けるようになりました。
長い距離はまだ歩けないでしょうが、
少なくとも、普段の生活の中で歩くのは出来るでしょう。
杖もつかず、体を揺すらずに
まっすぐの姿勢で、歩くのを見て、家族もびっくりしていました。
しかし靴を履いたり、脱いだりするのはまだ大変で、
まだまだこれから修正すべき所は出てくるのでしょうが、
この劇的な改善は、
長い間、我慢し続けてきた私にとっては奇跡のようなものです。
我慢は現状からの改善の邪魔をするものでもあるようです。
我慢より、”改善の努力”をすべきなのでしょう。
小さい時から足の痛みと付き合い続け、我慢は私の相棒のようなものでしたが、
我慢してしまったから、改善が遠のいていたのかもしれません。
我慢などせずに改善するための努力をすべきでした。
この靴と、もう二つ造っています。
それ以上に、靴自体を私に合わせて造るオーダーメイドの靴を、
FOOT MINDで、
マイスターの称号を持つドイツ人の一流の職人さんに造ってもらいます。
先日、1時間半かけて足全体のギプスで型を取りました。
また新しい奇跡が起きるかもしれません。
「FOOT MIND」の奇跡。
※靴底がゆがんでいますが、これがいいのです。
今日の午後、
「快洗7」のカタログのための写真と、
動きの実際を紹介する「快洗7動画」のビデオを撮りました。
奇跡の靴を手に入れた私は、
杖も全くつかずに歩き回っていました。くたびれました。
カタログもビデオも、今週中に完成させます。
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2016年01月09日(土曜日)
1.09.痛いことこそ、生きている証拠だ。
人間は、
図体がデカくなると、鈍くなる。
全体の質量が重くなり慣性の法則によって、
動きのスピードが鈍くなる。
でも、神経は鈍くならない。
足にトゲが刺さると、図体がデカくても痛い。
デカくてもチビでも同じように痛い。
アフリカの巨象が、
足に刺さってどうしても抜けないトゲの痛みに、
四六時中さいなまれて、狂って、殺人象になった実話があるそうだ。
図体がデカくなっても、痛さは鈍くならない。
巨体でもチビでも痛いものは痛い。
生きていれば、痛い。
ところが、
組織(会社)は、違う。
会社は、図体がデカくなると、動きが鈍くなるだけでなく、
神経まで鈍くなって。
痛みを感じなくなることがある。
たとえば、
仕事に間違いやミスがあって、
お客様に迷惑をかけたり、会社に損害を与えても、
その仕事は「分業」でされているので
みんなが誰かのせいにして、
自分が「しまったぁ」とは思わず、自分の痛みとして感じない。
だから、
お客様の迷惑、会社の損害に、
誰も痛みを感じないまま、
単なる仕事上のアクシデントとして、片付けられ、忘れられる。
あるいは、
ミスに誰も痛みを感じないから、
誰も反省をせず、
ミスの原因を探そうともしないので、
同じミスが、また起きる。
何度も、何度も、同じミスが起きているうちに
そのミスをミスと思わなくなって、
ある時には犯罪的な意味を持ってくる。
たとえば、
「賞味期限シールの貼り換え」とか
「産地の詐称」の常態化とか、
あるいは最近では
「マンションの地盤強化のクイの打ち込みデータの改ざん」とか、
それは組織的な犯罪構造すら作り上げる。
会社がでかくなると
みんな、特に幹部が、
自分が「大物」になったみたいなつもりになってくる。
「大物」は、
細かい事にぐちゅぐちゅ言わないのだ。
たとえば、
部下の不始末を勝手に大目に見て、
許すことによって、自らの太っ腹を見せる。
その不始末によってお客様の迷惑や会社の損害が出ていても、
その痛みを感じるどころか、
もみ消して、許すことが、度量の大きさと勘違いする者が出てくる。
そんな、えせ大物は、
威勢のいい物言いと、
おおへいな身振りになることが特徴である。
一つや二つの失敗は
どおってことはない。
太っ腹で許すのが、大物。
「俺が黙っていれば、大丈夫。
気にするな。誰にも言うな。
困ったことがあれば、俺に言え。
俺にだけ言え。
会社の言うことより、俺の言うことだけを聞け。」
会社の中に、
小さなボス系統が出来て、
会社としての指示系統、命令系統はズタズタになり、
組織としての力は激減する。
あるいは、
お客様が怒った。
でも大物は、小さな事は気にしない。
「客なんて何百万人もいる。
またチラシ打って、CM企画して、看板出して、
集客すればいくらでも来る。」
怒ったお客様の痛みはそのうち埋もれる。
しかし当然、そのお客様は、もう来ない。
あるいは、
「今までのやり方で、ここまでデカくなった。
このやり方で大丈夫。俺は、もう分った。
文句はもう聞きたくない。
学ぶことは、もうない。」
成功が、その人を鈍くして、進化と進歩が止まって、
しかしその分った人は、
会社の新しい次元に着いて来れなくなって、
会社全体の重い足かせとなる。
会社がデカくなって
神経が鈍くなると、
ミスの痛みも、
お客様の怒りの痛みも、
失敗の痛みも、痛みとして感じなくなる。
人間は、
図体がデカくなっても、
痛みは、痛みとして鈍くなるものではないが、
会社という組織はデカくなると、てきめんに鈍くなってくる。
ところが、
人間でも、
「病気」で、神経が鈍くなることがある。
たとえば、
重症の糖尿病では、
神経障害という症状が出て、
特に足の末梢神経がマヒして、足の指先の痛みが無くなることがある。
すると足の指先に怪我しても判らない。
傷しても判らないから放っておくと、ばい菌が入り
腐って、壊疽(組織が死ぬ)になる。
壊疽はどんどん進行する。
小指から、となりの指から全部の指へ、
足の甲まで進むころには体全体に腐った毒素が広がりはじめて、やがて死だ。
とにかく壊疽が進む前の部分で
一刻も早く、
切断して捨てるしかない。
痛みを感じなくなると
傷を負っても、
判らないから放置して腐る。
組織が死ぬ。壊疽。
壊疽は一刻も早く、切断。
切って捨てるしかない。
会社が痛みを感じなくなると
ミス、誤りでお客様を痛め、信用を痛め、会社が傷ついても判らない。
傷が広がって組織が腐り、広がる。企業理念など吹っ飛んで、
指示系統が壊れて、
ポリシーも崩壊し、会社そのものが崩壊していく。
もはや助かるには、切断するしかない。
腐った部分を切り捨てて、
痛みを取り戻すしかない。
でなければ、会社は潰れる。
痛みを取り戻すのだ。
ミスがあったら
自分が「しまったぁ」と痛みを感じ。
お客様の痛みも感じる。
だからもうミスしない。
ミスに誰もが痛みを感じるから、
みんなが反省をして、
ミスの原因を探しだして、改善するので
同じミスは、もう起きない。
ミスの痛みを、我が痛みと感じミスはなくする。
お客様が怒った。
大変だ。
一人のお客様の怒りは
チラシ打っても、CM企画しても、看板出しても、とても収まるものではなく、
そのお客様を取り返せるものではない。
お客様の怒りの原因を解決するしかない。
今までのやり方で、
ここまで来たが、
もっと先に行くには
これまでのやり方でうまく行くわけがない。
もっと進化しなければ、ここからの先に行けるわけがない。
もっと先に行きたい。
文句を言ってくれ。教えてくれ。
学びたいことばかりだ。
私は大物なんかじゃない。
いつまでも、細かい事にまで痛みを感じ、
社長のくせに、いつまでも
細かい事に、ぐちゅぐちゅと口を挟んで、文句を垂れる。
私は腹は出ているが、太っ腹の大物なんかじゃない。
会社がデカくなっても
神経が新鮮で鋭ければ、
ミスの痛みも、
お客様の怒りの痛みも、
失敗の痛みも、
痛みとして強烈に分かる。
痛みが分かれば、
その会社は、もっと大きくなって発展できる。
「痛いっ!」
「痛いよ!」
「苦しい!」
だからまだ、生きられる。
新鮮にもっと、もっと生きられる。
生きているから、痛い。
痛いことこそ、生きている証拠だ。
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2016年01月08日(金曜日)
01.08.ミミと、京祐社長と、ひかりと、奥村君と、チーちゃん
昨日のミミちゃん。出荷倉庫の主、アイドル、愛娘、
私の椅子、つまりKeePer技研㈱の社長のイスに座って、
フムフムとうなずく孫の京祐。
小学校5年生。
お正月休みが終わってバイバ~イ。ひかりと京祐。
今日の「全社会議」世田谷店奥村店長の体験談は面白かった。
全社会議が終わってからの自宅「チーちゃん」
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2016年01月08日(金曜日)
01.08.今日は、年一回の全社会議、真剣勝負です。
今日の午後から、刈谷駅の横にある小さな体育館を借りて、
KeePer技研㈱の全社員が集まっての全社会議が開かれます。
例年ならば、午前に全社会議をやった後、
昼から新年会で、みんなでごちそうを食べ、酒を飲み大騒ぎをするのですが、
今年は、昨年の9月2日に30周年と上場を記念したパーティーをやって、
これ以上はないくらいの大騒ぎをしたので、
今年の新年会はナシで、全社会議だけです。
かえって濃縮したものになるでしょう。
私は朝、会社に出てきたのですが、
ほとんどの人は刈谷の会場に行って準備をしています。
取り残された私は、自分の部屋でこれを書いています。
あらゆることについて「実務」は、
本当に、みんながやるようになっていて、私が出る幕はありません。
大した進歩だと思います。
幹部たちが自分で考えて、話し合って、決めて、動いてくれます。
かといって、
私は楽ちんをしているかと言えば、そんなことはありません。
かなり自分の意見を言います。
思いっきり細かい事にまで、自分の思ったことを言います。
それどころか、みんながかなりの所まで進めた事でも、
違うと思えば
容赦なくひっくり返したりすることも、よくあります。
ただ、命令はしません。
真剣になって意見を言います。
命令はしません。
私の意見に対する服従も許しません。
お互いに納得するまでぎっちりと話をします。真剣勝負です。
今日も、楽しく真剣勝負です。
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