2022年09月13日(火曜日)
09.13.事業の海外進出にフロンティア精神は禁物だったのか。
私は中国などアジアに、過去、70回以上も行っている。
アメリカとかヨーロッパまでを入れると、
きちんと数えたことはないが、たぶん100回以上になるだろうか。
シンガポールに行ったのが2007年2月だから15年前。
多分、その前後5年ずつぐらい、
10年間ぐらいを中国を中心に世界中で仕事をしたことがあります。
おまけに仕事を造りながら、世界一周までしたことがあったのです。
日本国内でKeePerがある程度の普及が出来てきた頃、
何かの偶然の機会に、海外に行った時、
海外でもKeePerは十分に通用すると感じ、
私は何を勘違いしたのか、
自分が、
海外にもKeePerを広めなければと妙な義務感を持ってしまったのです。
それから、ほんのちょっとの小さな縁をたどって、
海外のそこに行けば会える人が出来れば、
その縁が、海外でのビジネスに結びつくのかどうか、全くあての無いまま、
「行って、とにかく、やって見なければ何も分からない。」と、
無謀なフロンティア精神だけで、何の確証もなく、
とりあえず行ってから考えればいいじゃないかと、海外に出かけたのです。
向こうに待ってくれている現地の人がいれば
何のあてはなくても、何かを行動すれば次から次へと新しい縁が出来て、
約10年間に100回以上も出かけて、世界中を歩いたことになりました。
その結果、ものすごくたくさんの出来事があっても、
ほとんどビジネス的な成果はなく、
こんな事をいつまでもやっていてはイカンな~と思い始めたある日、
ロサンゼルスのビジネスホテルの一室で、
一人でベットに寝ながら、
「もう帰ろう。もう帰りたい。もうやめた。」と呟きながら、
妙に泣けてきて、
フロンティ精神だけで海外にKeePerを売りに回るのは、
その時を限りに、ピタッとやめたのでした。
それから、国内でまた一生懸命仕事をして、
KeePer LABOを毎週廻って、皆と会って、新しい店舗を一生懸命造って、
キーパープロショップの活動で、一年中、日本国中を回って、
国内での仕事に没頭したら、いつの間にか、
どんどんKeePerが成長して、今に至ってきたのです。
15年前から比べれば会社も何十倍もの規模になって、
KeePer LABOもFC込みで100軒を越し、
KeePer PRO SHOPは全国に6,300軒にも爆発的に増えて、
会社は株式上場をして、KeePerのブランドも全国に知れ渡って、
昔から考えると信じられないようにすごい経営状態にまで成長しました。
KeePerは15年前とは桁違いの信頼性を作り上げられたのです。
おまけに、テレビでも取り上げられる機会があって、
それをご覧になった海外にすごい実績をお持ちで、
異国に新しいビジネスを立ち上げる確実な力をお持ちの実力者が、
KeePerに着目して、海外への進出の機会をもたらしていただけるようになりました。
そういう方のお話を伺って、
確かな人脈と、ビジネスとしての分析力を目の当たりにした時
海外に進出するという事はこういう事なんだ。と、改めて気がつきました。
15年以上も前。
まさに徒手空拳で、糸ほどの細い縁を頼って、
せっせと海外に通って、KeePerを売りに行っていたことで、
ビジネス的に全く成果を出せなかったことの意味が解るような気がしました。
昨日、そんなことがあって、
ちょっとしたカルチャーショックというか、考え込んでしまい、
何も書けなかったのです。
自らの力量を顧みず、フロンティア精神なんかに身を任せ、
世界中を渡りあるいたあの頃の私は、
無謀を通り越して愚かですらあったと思うのですが、
あの10年間がものすごく楽しかったのも事実で、
私の一生で一番楽しかった時期かもしれません。
そう考えると、私はあの十年間、
仕事にかこつけて、遊びまわっていたと同じだったのかもしれません。
きっと、そうだったのでしょう。
十五年前のシンガポール。