谷 好通コラム

2008年05月26日(月曜日)

1925.赤タクシーの安全運転

 

赤タクシーに乗って「朱家角」に行った。

 

帰りの飛行機は午後6時過ぎ発だったので上海市内を出るのは午後3時過ぎで十分。
さしたる仕事もなかったので、
半日だけの観光をした。
行ったのが「朱家角」という古い建物がいっぱい残っている田舎町の観光地。
上海郊外にあって、
泊まったホテル(頼さんの店の近く)からタクシーで40分くらいだ。

 

ホテルの玄関に止まっていたのが「赤タクシー」。
上海のタクシーは車体の色によってサービスの格があって(厳密なものではない)
赤タクシーはその中で最もランクの低いタクシーだ。
何年か前、その赤タクシーに乗って物凄く怖い目に会ったことがあるので、
「うわっ、赤タクシーだ。どうしようか。」と、同行してくれた李さんの顔を見たが、
李さんもちょっと困ったような表情。
そうしたら、タクシーの運転手さんがニコニコして「おはよう~。」という。
その笑顔に負けて赤タクシーに乗り込んだが、
運転が乱暴であったら、すぐに乗り換えるつもりだ。
ところが、
スタートして高速道路に入っても、
ちっとも飛ばさない。
他の車と一緒になって、車線変更をすることもなく、普通に走っている。
李さんが話しかけても、つっけんどんな返事などなく友好的な話し方をする。

 

ちょっと拍子抜けして李さんに聞いてもらった。
李さん
「失礼ですが、
赤タクシーは運転が乱暴だと思っていたが、なぜ安全運転なのですか?」
運転手さん。
「赤タクシーが低いランクであることは事実だ。
だけど、最近は教育がすごく厳しく行われていて、
みんな、安全運転をするようになったよ。
スピード違反はしない。信号無視もしない。接客も丁寧にする。」
李さん。
「北京オリンピックや上海万博のためですか?」
運転手さん。
「それもありますよ。でも、みんなが安全運転するようになってきました。」

 

昨日から陶さんの車に乗ったし、頼さんの車、兪さんの車にも乗った。
彼らは以前からも特に安全運転だったが、
それ以上に、街を走っている車がそんなに無茶をしなくなってきている。
日本並みかといえば、やっぱり乱暴なところはあるが、
少なくとも1年前の上海に比べれば、
ずいぶん静かである。クラクションもほとんど鳴らない。
私が上海に行かなくなってからたった1年であるが、
上海の何かが変わりつつあるように感じた。
中国全体が変わりつつあるのかもしれない。

 

四川省の大地震で多くの学校の校舎が崩壊して、
何万人もの子供が下敷きになって死んだという。
死んだ人の多くが子供であったことで、中国人民の怒りは頂点に達し、
手抜き工事をした建設業者、賄賂をもらって目こぼしをした役人は、
厳罰に処されるだろう。極刑は免れまい。

 

その反面、ほとんどの校舎が倒れたのに一つだけ倒れなかった校舎があるらしく、
その校舎を建てた建設業者の名前がインターネットであっという間に中国全土に広まり、
その建設業者に対する賞賛の言葉がインターネットに溢れたという。
そして、「ぜひ、うちの建物を建ててください。」との依頼が殺到しているという。
手抜きをして目先の利益を得た悪徳業者は極刑となり、
手抜きをせず品質を大切にした優良な建設業者は、一躍、超有名な英雄となり、
今後の事業は、素晴らしいものになるであろう。
と同時に、目先の利益で手抜きをせず真面目に仕事をすることの意味を、
中国全体に知らしめたことにもなった。

 

また、中国中の金持ちからとんでもない額の救援のための寄付が寄せられ、
あっという間に数百万元(数千億円)が集まっているとも聞いた。
こんなことは初めてのことで、
資本主義的な解放が始まって以来、
初めて「中国が大災害に対して団結している。」と李さんが言っていた。

 

中国で何十年か前に?小平が
「豊かになれる者から豊かになりなさい。そして貧しい人を引き上げなさい。」と、
高らかに、経済の開放を打ち上げてから、
中国は凄まじいばかりの経済的発展を成し遂げつつある。
しかし安い労働力で得た「コストの低さ」で「安い」という競争力で、
世界をMADE IN CHAINAで埋め尽くし、驚異的な発展を遂げた反面、
極端な貧富の差が生まれ、一部の人間が安い労働力のおかげだけで得た富を、
貧しい人を引き上げるどころか、贅沢に費やし、
金持ちが貧乏な人に威張り散らすという風景も作り出してしまった。
ゆがんだ一面である。
また、一部の富裕層が、マンションなどの不動産に投機目的で投資し、
経済的なバブルが膨らんでもいる。

 

中国のビジネスは目先の利益を追う傾向が強いのは、
中国政府の政策がコロコロと変わり、
長期的な展望に立ったビジネスが成り立ち難く、
投資した資金を早く回収するようなビジネススタイルにならざるを得ないこともある。
良い商品があれば、品質そっちのけで手っ取り早くコピーしてしまうのも、
そんな事情があるのだろう。
私自身、そんなギスギスした中国でのビジネスに嫌気が差していたことも事実である。

 

一般的にそんな傾向がある中国で、
しかし、真面目に仕事を積み上げている人たちもいる。
陶さんもそうであろうし、頼さんもその一人であるだろう。
また、その下で日本に来て真面目に技術を身に着けて行った郭さんや兪さんもそうだ。
兪さんは女性ではあるが営業をほとんど一手に引き受け、
地道に実績を積み上げて、約束した予算を見事に達成している。
力を持った兪さんは、頼さんからも大切にされて営業者を専用に1台任されている。
現場上がりの女性では極めて稀な待遇である。
彼女は普段の仕事に加えて定時制の大学にも通い、土日も全く遊ばないそうだ。
郭さんもしつこいぐらいの熱心さで、技術を学びスタッフの指導者となっている。
そういう人たちが、一見、根無し草のような経済を
土台から着々と築き上げていくのだろう。

 

たった1年であるが、中国に行かなかった間に、
確実に中国の何かが変わりつつあるように感じた。
北京オリンピックと上海万博が、一つの大きなきっかけになっていることは間違いない。
世界の中で通用していくには、
中国のメリットが労働力が安いだけでは、
その発展が決して長続きしないこともみんな解ってきている。
みんなが豊かになろうという開放の初めの趣旨と違う。
世界に通用する安全で、豊かな国づくりに、
中国の人々全体が大きく向かってきているとするならば、
中国で北京オリンピックが開かれることも、上海万博が催されることも、
大きな意味があるというものだ。

 

大災害である四川での大地震に対する救難への中国全体の団結振りが、
その一つの表れかもしれない。

 

そんなことを思い、
たった半日ではあったが、
古い田舎町である「朱家角」に、快適で安全な赤タクシーで行き、
気に入って、その帰りもそのタクシーに乗って帰って来た。

 

一度は嫌いになった中国を1年ぶりに訪れて、
改めて見直し、
また大好きになってしまった自分がある。
頼さんに感謝。陶さんに感謝。郭さんと兪さんに感謝。
赤タクシーの運転者さんに感謝。
そして、こんないい経験をさせてくれた李さんに深く感謝。

 

 

快適で安全な赤タクシーとその運転者さん。そして、「朱家角」の風景。
全部で30枚の写真。解説は無しである。

 

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    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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