谷 好通コラム

2022年07月16日(土曜日)

07.16. 昔は、雨が降る日は閑古鳥が鳴いていたが

昔、KeePer LABOがまだ「快洗隊」であった頃は、

雨が降り続いたりすると、洗ってもすぐにまた雨で汚れてしまうので

洗車をしに来る人はほぼゼロ人で、

だから、昔は洗車の延長でもあったKeePer(今のピュアキーパー)も、

ほとんどお客様が無く、店舗はまさしく閑古鳥が鳴いている状態だった。

 

ところが様子が変わってきたのは、

ダイヤモンドキーパーやクリスタルキーパーなどガラス系のコーティングが

KeePerの主力商品になってきた頃から、

これらのKeePerコーティングを掛けておけば

雨が降るとかえってキレイになるぐらいの、面白い傾向があったのと、

店が快洗隊からKeePer LABOになって、

冷暖房完備のコーティングブースが、どの店舗にも装備されるようになって

雨天時でも、全く晴れの日と変わらなくコーティング施工が出来るようになり、

多くは「予約」で行われるKeePerコーティングは、

雨が降りでも予約キャンセルされることなく、

ほとんどのお客様が来てくれて、

雨降りでも晴れの日の90%ぐらいにしか落ちない。

又は、ほとんど変わらない。

 

しかし逆に「手洗い洗車」など

技術的に簡単であるがゆえに、付加価値の比較的低い商品(洗車)である商品は

雨が降ると極端に減り、ほとんど無くなるので、

相対的に店舗全体の作業効率は上がって、

販売実績を上げやすくなるので、

こんな時にこそ「人時生産性」も上げようと

雨が降りそうになると、スタッフを帰らせてしまう悪習が残っていた。

忙しい時には残業で、暇で手が空くと思ったら予定外にでも帰らされるのは

される側としては、たまったものではないのだろう。

 

そんなことをしてまで人時生産性は上げることに、私達は意味を持たない。

人時生産性の数字の本来は、

繁忙期の人不足の危険警報を察知する為の道具で、

帯の信号が出るようになってきても

あとは即応で、もっとできるように採用に力を入れていくしかない。

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2022年07月15日(金曜日)

07.15.一世一代の男の晴れ姿を見に行ってきました。

一昨日は福岡市にいました。

私の大恩人であり尊敬する人が、

博多祇園山笠の一番山に乗るというので、みんなで見に行ったのです。

山笠のしかも一番山に乗るということは、

どんなにすごいことなのか、

ものすごい名誉なことで博多の男の最高の夢であることを、私は知らなかった。

地元出身の人に聞くと、とんでもなく名誉なことで

福岡市の市長とか、地元の電力会社の会長とか、

そういうレベルの人が常連で、県外の男が乗るのは稀だという。

よほどの地元に対し、皆が認めるような大きな貢献があってのことなのだろう。

 

いずれにしても、そんな姿は見ようと思って見られるものでもなく、

嬉々として博多まで皆で見に行ったのです。

 

博多祇園山笠は、もう10年以上も前、

出張のついでに見たことがあるが、

博多のメインロードをふんどし姿の男が、

何百人、何千人もケツを出して

「オッショイ、オッショイ‥」と群れになっているところを

列の最後に重そうな山笠(1t近くあるらしい)を必死になって走らせていて、

男のケツは決して美しくはないが、とにかく熱気がすごかった記憶があった。

 

地元の人に聞くと、あれは「追い山笠(やま)」と言って、

真剣にタイムを競う最後の真剣勝負の時だったらしく、

華やかさより、気迫と担ぎ手の必至な形相だけが印象に強いが、

一昨日、皆と一緒に見たのは「追い山笠馴らし」と言って、

真剣勝負前の練習の一環でもあり、

地元の有力者が山笠に乗りこんで担ぎ手に檄を飛ばす役を担う。

真剣勝負の時は山笠が軽くなければならないので乗り手はいないので、

「追い山山笠馴らし」の時が、ゆっくりと全部見られて

乗り手もいて、一番華やかで、観光客もこの時が一番多いらしい。

 

博多祇園山笠は、博多の祇園と言われる地域の町内が、

町内ごとに山笠を持っていて、「中州流れ」とか「千代流れ」とか

町内の名前を付けて、

一つの町内にこんなにいるのかと思うほどの男が、

老若の男だけでなく、手を引かれるほどの子供までが、

全員”ふんどし姿”、ケツを丸出しでまったく恥ずかしそうもせずに、

「オッショイ、オッショイ‥」と、掛け声をかけながらちょっとだけ速足で、

露払いの様に闊歩して、最後から20人ぐらいに担がれた山笠がやってくる。

 

最初にぞろぞろと速足で歩いてくるふんどし男たちは、

子供と、若くて中年、多くは初老、本格的な爺さんも混じり、

その数はびっくりするほどいるが

若者はいないのだなぁ、と思っていたら、

最後にやって来た「山笠」を担いでいるのは、バリバリの若者たちで、

みんな必死の形相で、山笠を担いで(がされて?)走っていた(ひきずっていた?)。

あれは大変です。本当に大変です。

 

それでも、博多のこの辺の男たちは「1年を山笠が楽しみで生きている。」

と聞いたが、一年に一度であろうと、

地元の人間が祭りに団結して一つの目標を持てるという事は本当にすごい。

 

私達の目的であった「一世一代の男の晴れ姿」は、立派であった。

超カッコ良かった。

 

 

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2022年07月14日(木曜日)

07.14.ニコンが一眼レフカメラの開発を停止するそうだ

Yahoo!ニュースに「ニコンが一眼レフカメラの開発を停止」と出でいた。

 

私は学生の頃に「写真部」であったことがあり、カメラは好きだった。

あの頃、フィルムは銀塩であり

カメラの最高峰と言えばペンタブリズムを使った一眼レフで、

メーカーはダントツで「NIKON」。

世界中のプロ報道カメラマンが、

当然のように一眼レフの上級機である「NIKON F」を使っていた。

ドイツにはLEICAという名器もあったが、

繊細なLEICAに比べて「NIKON F」の方が圧倒的にタフで

使いやすく付属機器や交換レンズ類が充実していた「NIKON F」が勝っていた。

私も社会人になって何回か目の賞与を貰った時、

ワクワクしながらNIKONの一眼レフの廉価版のカメラを買った。

交換レンズも一番お得そうな「100mm~300mm」を次の賞与で買った。

(今でも存在している。)

 

その頃のCANNONの一眼レフカメラは女性向けに力を入れていた

だから、プロのNIKONに対して

CANNONは初心者向けのような印象があったのです。

 

私が社会人になって、

その後、起業して仕事に夢中になっている間に、

世の中が色んな面で進化し、変化して、

自分が時代遅れになっている面が多々出ている事に気が付いていた。

 

その内の一つが一眼レフの世界で、

フィルムがなくなってデジタルになったこともあったのだろうか。

プロのカメラマンから、アマチュアのカメラマンまで、

当たり前のようにCANNONのEOSを使っている。

それに気が付いたのは10年ぐらい前だが

あのNIKONの一眼レフはどうしてしまったのだろう、

と思っていたところ

先の「ニコンが一眼レフカメラの開発を停止」のニュースを見て驚いたのです。

NIKON(日本光学)自体は巨大な立派な会社なので、

事業自体に何の揺らぎも無いのですが

一つの時代が終わったのですね。

 

圧倒的であったものが、時代の変化の中で主役を追われ

主役が変わって行く。

 

人は時間を経るごとに確実に老い、全盛期を越すと急激にその影を薄くする。

NIKONのこのNEWSに我が身を写すのは、まだ早い。・・と、思うが。

名機 NIKON F

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2022年07月11日(月曜日)

07.11.私が励みにしてきた人が、苗字が変わってTIMESに出ていた。

何年か前(多分4年前)のKeePer技術コンテストに出て、

県チャンピオンになり全国大会に出ていた人で、

何かの原稿としてその手記を送ってくれた女性がいた。

その手記の内容がとても素敵で、

ワードで書かれたファイルを自分のPCのディスクトップに貼って、

しばらくの間、自分の仕事の励みにしてきた。

 

今では、ディスクトップも賑やかになり過ぎで来たので、

マイドキュメントにファイルを移動していたのですが、

不意に、

KeePer TIMESの7月号の最終校を見ていて、

その人の顔写真が載っているのを見つけて驚いたのですが、

なんと、その人の「苗字」が変わっていたので、ご結婚された事を知りました。

嬉しくて、マイドキュメントにしまっていたあのファイルを出してきて、

久し振りにまた読み、、

KeePerの原点、私自身の仕事の原点を思い出して、

泣けてきてしまいました。

 

今日のコラムでちょうど6400話です。

私も70才を越して、また、自分の原点に戻れたような気がします。

 

なるべく人物を特定されないように一部を変更して、

あえて、載せたいと思います。

KeePerと私の原点です。

 

——————————————————————————-

4年前に書いていただいた文章の転記

 

今までは、○○県内の自分のそばにいた人たちの施工を見て、アドバイスをもらって、自分で練習して100%と思っていた。はじめて自分と比べ物にならないくらいのスピードと丁寧さを見せつけられた。ずっと「上手いは、早い」の意味が分かっていなかったが、決勝戦を見たときに「ああこういうことなんだ」と分かった。いい経験になった。

 

去年はSサイズのアクア。今回はMサイズのプリウスになっているのにもかかわらず、施工時間が早くなっている。予選会の時点で、半分施工で20分切ってる人たちがいっぱいいた。これまで早い人は、雑にやっているというイメージがあった。でも急いでいるようでも、慌てているようでもなく、時間を見たら早く終わっている。「上手いは、早い」ってこういうことなんだと思った。得たものは大きかった。

 

はじめて悔しいという思いをした。今○○歳。緊張した。「場の雰囲気に飲まれず、県チャンピオン戦の時のように流れるように施工すればいいんだよ」と進藤さんが言ってくれていた。爆ツヤはじまってそこまで緊張してなかった。でもダイヤを塗りはじめ、塗り終わったら、エアガンの工程がある。自分がマックスのスピードでダイヤを塗っていたのに、周りからエアの音が聞こえた。まだ私は2パネル残ってるのに、もう私以外の人が全員早くエアガンをやっている。そして拭き残しもない、完璧な施工を準決勝の時点で皆んながしていた。さらにスピードも早ければ品質もよい。○○県内でしか見ていなかったが、全国となると全然レベルが違うんだなと実感した。

 

普段の施工に対する意識が変わった。今までは夕方5時までに預かりますといって、余裕があれば時間をかけてやっていた。時間をかければ品質も比例すると思っていた。そうではない。スピードかつ品質も追求した施工をしながら、台数をこなしていかないといけない。来年のコンテストは、絶対決勝に行きたいから。安藤さんもコンテストに出はじめるようになってから、うまくなりたいと思って頑張った。15分タイムトライアルでダイヤを塗る練習を何回何回もお客様の車でしていた。時間を意識して、品質を求める練習をしたからあれだけうまくなって、170点なんだろうと思う。コンテストが終わった次の日から意識が全然変わった。

 

SSのスタッフに協力してもらい、自分の施工をカメラでワンパネルごとに撮ってもらい、確認して、次のパネルで修正してという練習をした。だから自分の施工の姿は見たことがある。でも自分よりもはるかに上の人の施工を見るのは安藤さん以外なかった。決勝戦に出ていた11人はみんな早い。びびる。プリウスでなくても、どんな車でもあのスピードでできるんだろうなと分かった。身体が自然に動いていて、塗った時と同じ順番で拭いていたり。とまどいはなくて、頭で考えてなくても身体が動いている感じ。次元が違うと思い知らされた。

 

私は、チャンピオンの施工はあまり見ず、2位だった山本さん、4位の岡崎さん、5位の中嶋さん女性3人の施工を見ていた。女性は、脚立を使わないといけないのにスピードはある。どういう施工をしているのか見ていた。時間短縮のためにやっていることが3人とも違う。スポンジが倍くらい早く動いている。ボディに触れていない時間が3人ともすごく短い。いつの間にかクロスを持っている。2位だった山本さんは、こだわりがある。拭き上げのときは、脚立の一番上までのぼる。そしてレジンなどのケミカルを台まで取りに行かずポッケに入れる。山本さんは、スピードも早いし、スポンジの動かし方も早い。どうすれば時間短縮できるんだろう、どれが自分に合っているんだろうと考えながら見ていた。今日もクリスタルの施工があったのでいろいろ試していた。私の場合、まだ時間短縮すると品質が落ちてしまう。これから試行錯誤。

 

全国大会に出て、県別チャンピオンでもすごいことなのに落ち込んでいる。まだ横断幕が来てないから実感がわいていないんだと思う。県別2、3位だったのが、私がもともといた店舗で、私にコーティングを教えてくれたスタッフ。その大先輩で施工歴も長い2人。実際私は半分施工の順番が分からなくて、県チャンピオン戦のとき、施工よりも順番どうだったっけ、エンジン消すタイミングどこだっけと聞いているレベルだった。県別チャンピオン決まったとき、「本当に私でいいんですか?」というレベル。来年は誰が勝ってもおかしくない。来年のことを今から考えている。

入社して3年。お客様の車を1人でコーティングできるようになったのは今年に入ってから。それまでは2級を持ってなかったのでできなかった。1級施工者さんと一緒に半分ずつやって、見直ししてもらっていた。もうそろそろ2級欲しいなと思っていた時、会社的にキーパーを押しているので、全員が資格取ることになった。2級のための練習をはじめたとき、コンテストに出たいといった。でも資格持ってないと予選会に参加できなかったので来年と思っていたら、進藤さんが、検定のときの私の施工を見て、「県別チャンピオン戦に招待するので出てもらえないか」と会社の上司にかけあってくれた。それを聞いた時、うれしくて泣いた。コンテストに出れるんだって。別に優勝を狙っていたわけでなく、いろんな会社のうまい選抜選手の施工をみたいというのがあった。優勝するとは自分でびっくり。結果発表のときはボロ泣きした。

 

キーパーが大好き。コーティングも好きだが、ロゴも好き。自腹でキーパートムスのHPからTシャツを買っている。2018年バージョンが出たので、私と母で買った。それを制服としてきていいよという許可が出ているので、1級つなぎを着るまではそれを着ている。県チャンピオン戦もキーパーTシャツで出た。全国大会はダメで、1人だけ1級つなぎじゃなかった(笑)。

 

3/19に2級を取って、4/4に県チャンピオン戦だった。2月から休みが全部2級検定に向けての練習、3/19まで続いた。それが終わったら県チャンピオン戦に向けて、半分施工の練習が始まってやっと明日、何にもない休み。小学校1年生の子どもがいるが、2月の休みは潰れていた。しかし、母や祖母が「施工の練習するんだったら休みやけどいってきな」と言ってくれ、練習ができた。家族や今のSSのスタッフ、もともといた店の県2、3位のいるスタッフ。その人たちがいなければ県チャンピオンは取れていない。感謝している。

シンデレラストーリーだと思う。ポリッシャーも稟議がおりた!これまで手でやっていたが、手でやるのも限度がある。全国に出たことで、1級の資格も取りに行ける、ポリッシャーも買ってもらえる。最高ですよ、はっはっはっは!県別チャンピオンになった!全国大会に行く!とお客様には言っていた。

 

キーパーの商品のファン。商品のレベルが上がっている。半年後に谷社長が何か新商品が出るとおっしゃっていたけど楽しみ。どんどんいいものがでてきて、どんどん車がキレイになるのがいい。施工後の手入れのしやすさなどもお客間に聞く。「汚れがすぐ落ちるよ」「汚れにくくなったよ」と言ってくれる。施工直後のお客様の顔を見るのも好きだが、それ以降、次回施工までのお客様の反応も毎回聞けるのが嬉しい。

 

スタンドで働き始めたきっかけは、母が働いていたスタンドで、人が足らなくて12月の1ヶ月間だけバイトで入ってくれと言われた。母と同じ店舗にいて、移動にお互いになった。社員になって3ヶ月。以前はお弁当屋さん。毎朝起きて仕事行くのが嫌だった。スタンドで働きはじめて、お客様と楽しい会話をして笑って、しゃべるの好きなので、こんなにしゃべってお給料もらって、オイル交換とかの作業も好きなので、こんなにも向いている仕事はない。きっかけがなかったら、今も弁当屋さんにいたかもしれない。本当に感謝。天職としかいいようがない。朝出勤時間より早く行って、無駄に会社にいる。朝起きて仕事がめんどくさいと思ったことは一度もない。

 

バイト時代、社内のフィールドサービスコンテスト(接客コンテスト)やオイルなどの商材別コンテストに出てみないかと言われ、2回優勝して全国に行っている。でもコーティングの施工には自信がなく、私の母と県チャンピオン2位になったスタッフの施工を2年間ずっと真横で見ていた。1級つなぎを着ている2人を見て「私もいつかつなぎを着て、後輩やバイトの子にかっこいいなと思われたい」とうまくなろうって思ったのがきっかけ。楽しくてしょうがない。

・・・・

 

今後の目標は、全国制覇。でもそれがゴールでなく、以前のチャンピオン、水谷さんが鹿児島県で、4/4の鹿児島の県チャンピオン戦に来ていた。自分の会社のSSのスタッフたちを育て、何人も予選を通過していた。自分が施工を教えたスタッフが、県チャンピオンになってまた全国へ出場するというのも夢。自分が教える側になりたい。自分だけ自己満でうまくなっても仕方ない。私がいなくなったら、プロショップでなくなるかもしれない。品質が落ちてしまったら意味がないから。

 

 

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2022年07月10日(日曜日)

07.10.やれると思ったら、やりたくなる。その繰り返しだが・・

“昨年”の7月上旬はまだ、梅雨が明けていず

前年7月の前半は、若干、低迷気味だったせいもあって、

今年の7月の途中経過が前年に対してすごい事になっている。

ただでさえ酷な猛暑の中で、店舗のみんなの健康が本当に心配です。

 

しかし今年の人員数は、昨年の人員から170名の純増なので、

忙しさのバロメーターでもある人時生産性は、

そこまでは上がっていません。

しかし、一番実績の上がっている関東地域では、

すでに危険領域の8,000円/人時~10,000円/人時を越している店舗まである。

「忙しすぎる警報」「大至急人員の補充を」のサイレンが、

すでに鳴り響いている事態だと言えます。

ただ、今年はEXキーパーが大きく伸びていたり、

作業性の高いクリスタルキーパーが「カンブリア宮殿」から劇的に増えて、

その両方の効果で平均単価もかなり上がっており、

作業効率も相当上がっているので、

人時生産性の伸びが、

そのまま”忙しすぎる指数”のアップ度に直結している訳ではありません。

だから、危機的状況という所の事態にまではなっていないのが実情のようです。

 

しかし、こんなハイペースがこれからもずっと続いたら、

何話か前のコラムで書いたように、

今年の12月に15憶円なんて冗談のような実績も生まれかねません。

しかし、今のままでそんな事態になったら、

お客様からの需要をお受けしきれないという形で、とても実現しないでしょう。

年末名物の当社内外からの大応援団があったとしてもとても無理です。

当然です。

 

しかし、肝心な需要の方にそれだけのポテンシャルがあるとしたら、

問題はこちら側がどうすればそれに応えられるかという事なので、

こちら側がこれに応えられるような態勢を、どう造って行くのか。

短期間にどのような手が打てるのか。

何をすべきか。

みんなで考えて、意見をぶつけ合いながら策を造り上げて行けば、

いつものことだが、

だんだん出来そうな気になってきて

その内、やれると思ったら、

みんな一人一人が「やりたくなってきて」、

やりたいと思って、やって行くと、いつの間にか実現してしまって、

それぞれの店舗、部署の「達成会」で大騒ぎして、飲んで、

考えてみると、

こんなことの繰り返しでここまで来た。

 

やれると思ったら、やりたくなる。その繰り返しだが・・

その繰り返しだが・・今回も、また、やるのだろうか。

 

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
    読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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