谷 好通コラム

2019年02月25日(月曜日)

2.24.初めての社長室から引っ越しました。

今の本社の建物が出来たのは、たぶん、14年くらい前だと思います。
その年月が判る資料が意外と無くて、たぶん、としか言えませんが。
たぶんそれくらいです。
初めて本社と呼べるような建物を持って、
初めて私は自分の部屋、つまり社長室を持ちました。
社長室が欲しかったわけではありませんが、
自分の机で、仕事をしながら煙草を吸いたかったので、
ただそれだけの理由で、社長室を持ったのです。

 

14年前くらいだと、KeePerが会社として社会に提供していた付加価値は、
たぶん、6~7億円くらいです。
あの頃は、私の部屋が独立していただけで、
三階の大部屋に取締役、経理、総務、営業、デザイナー、監査役、等々、
全部がひっくるめでガヤガヤと仕事をやっていました。
今は、
営業が一階のトレセンの隣に部屋を造って「名古屋営業所」になりましたし、
デザイナーたちは新たに造った「スタジオ」に移っています。
そして今回、スタジオの隣の会議室を改造して(仕切って)
会長室と製品開発スタッフの部屋を造って引越ししました。
だから、元の本社事務所には、
経理、総務、店舗部、監査役、役員などが残っているだけです。
会社は14年の間に約10倍の規模になっていて、
付加価値で60億円近くにまでなっていますが、
それでも本社事務所には、二十名ほどの主に事務系スタッフが残り、
十二分なスペースがあります。
たぶん、会社規模がもう5倍くらいになるまで、今の事務所で十分でしょう。

 

 

14年前(たぶん)初めて持った社長室が先週末に明け渡されました。
製品部の若い子たちに無理をお願いして、
社長室に溜まっていた荷物を全部新しい会長室に移してもらったのです。
残念ながら私は何もしていません。
全部やってもらっちゃいました。
空っぽになった私の元社長室は空っぽになってさっぱりしました。

 

ちょっとさみしいものを感じます。

 

 

なんちゃって、実は、新しい「会長室」の方が、ちょっとだけ、大きいのです。 !(^^)!

 

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2019年02月22日(金曜日)

2.22.この大量の痛み止めの薬はどういう意味なのか

社長から”会長”になって10日経ちました。
しかし、私の毎日はほとんど変わりません。
私は会長になる前から、
会社の実務の部分にはほとんど関わらずに仕事をしてきたので、
すでに、仕事としてやることが着実に減っていたのです。

 

ケミカルを卸す営業の客先、
あるいは5千7百余カ所のキーパープロショップ。
そのどこにも私は行かなくなっていました。
歩くことがだんだん出来なくなるにしたがって
事務所にいることが多くなって、PCの上で仕事を多くするようになり、
自分が現場から離れつつあったことも引退の動機の大きな一つですが、
いざ引退してみると、すでにその前から、
私は二年がかりで徐々に引退していたのかもしれません。
だから、いざ引退してみても、毎日がほとんど変わらないのかもしれません。

 

しかし、
立場として一歩引いて見ると、
今まで見えなかったものが、かえって見えるようになっているようです。
営業スタッフなどの仕事に対するスタンスの間違いが気になって、
何かの機会をつかまえて、説教がましいことを言うようになりました。

 

ここ数か月、中部地方のキーパーラボは一周しましたが、
それ以外の店舗、特に関東以北の店舗には行っていません。
避けている訳ではないのですが、
移動が苦しい時期があって、特に飛行機に乗りに空港に行くのはダメで、
北海道にも東北にも行かず、九州にも行っていません。
こんなに行かないことは初めてです。
だから、仕事が減ったら、ゆったりとしたスケジュールで、
もう一度、ぐるっと周りたい、と思っていますが、
遠くの店舗に行ったら、
今度も、今まで見えなかったものが見えてしまったりして、
文句ばかり言うのかもしれません。
でも、そういうのは迷惑なので、自制しなければなりませんが、
なにか、
原点的なものが見えて、感じるようになっているのです。

 

これはこれでいいのかもしれません。

 

今、私の腰は全く痛くありません。
しかし、手術前の二週間飲むのをやめる薬があって、
その指示と同時に、
大量の痛み止めの薬を処方されました。
そのやめるべき薬をやめると、
そんな大量の痛み止めが必要なくらい、腰が痛み始めるのでしょうか。
ただでさえ、手術が近くなるにつれてドキドキする毎日なのに、
あの大量の痛み止めの薬は、恐怖そのものです。
なぜ、そんな大量の痛み止めの薬が必要なのか、
何の説明もありませんでした。
ちょっとした不信が自分の心の中に芽生えているのは、
どうでもいい事なのかもしれませんが、
たぶん、私が信頼している稻田先生は、
その説明がなされなかったこと自体をご存じないのでしょう。

 

仕事は、医療も含めてチームワークが肝心です。
軸の部分がしっかりしていても、それを取り巻くチームワークの部分が、
緩んで来るのは、残念ながら、必ずある事です。

 

多分、私たちの仕事にもそれがあって、
一歩引いたことによって、
その緩みの部分が見えるようになっているのかもしれません。

 

これは、あるべき事なのかもしれません。
腰の手術の恐怖に震えながら、
文句ばかり言っている会長は、有りなのかもしれません。
もうちょっとこのまま行って見ましょう。

 

久しく行ってない東北の空の写真がきれいだった。

 

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2019年02月20日(水曜日)

2.20.仕事とは目的を明確にした行動

昨日、東京から北へ130kmの茨城県日立市に行って来ました。
水戸市まではスーパーGTのもてぎ戦の関係で何度も行きましたが、
日立市は初めてです。
そこで初めて見る見事な流れ作業と、
そこに働く職人さん達の活き活きとした様子に、
自分達の現場に相通ずるものを見て、感動したのです。

 

たとえば、
私たちの現場であるキーパーラボであれば、
お預かりしたお車をプロの技術でキレイにして、
お客様に喜んでいただく。という「目的」がはっきりしています。
だから、何をすればいいのかは明確であり、
迷うことなく、お客様の要望を実現する形で
お車をキレイにすることに全力を尽くせば良い。
そして「目的」が達せられてお客様が喜べば、
例えば「ありがとう」という言葉をいただき、
スタッフも自分が役に立ったことに満足し、自分も喜ぶ。
KeePerが求める「お客様満足(CS)と従業員満足(ES)の同時実現」です。
解り易くて簡単な仕組みです。

 

しかし、これが「営業」になると少し解りにくくなる。
営業は相手に何らかのものを売るのが仕事で、
それによって相手が喜んだとしても、
そうでなかったとしても、
とりあえず”売れれば”、営業の目的は達せられた訳で、
ひょっとすると「売れる」ことが「目的」になる。
もちろん「買った」側が買ったことによって良い事があれば、
買い続けるだろうから、売った側は売り続けることになって、
「売れる」が継続して、単発的に売れるだけより成功することになる。

 

逆に「売った」ことによって、買った側が損失を被ったり、
買ったことによって不愉快が生じたりすれば、
もう買わないので、売る側はそれが売れ続けることが無いので、
継続的に売れる場合より、売れる量は少なくなる。
しかし、「売れた」成功は消える訳ではないので、
また他の人に売ればいいし、あるいは他の物を売ればまた売れたことになる。
とりあえず、相手が喜ぼうがどうかは関係なく、
「売れれば」営業にとって成功である事に違いはない。
無理に売りつけたり、
言葉巧みにだましてでも売ったりすれば、
売れれば、とりあえず勝ったことになる。

 

もちろん、こういう人は営業として大成しない。
こういう営業に無駄なモノを売りつけられたり、
詐欺まがいに価値の無い物を売られたりすれば、
まともな会社であれば、その営業を、出入り禁止にするだろうし、
おだてられ、だまされたアホなスタッフは、会社の信頼を失うだろうし、
いずれにしても、売り買いする関係が続くことはない。
営業としての存在を否定される訳だから、営業として大成する訳がない。

 

営業としての「目的」が
単に「売れる」ことだけならば、
簡単にその場の目的は達せられるだろうが、
買った側が成功せず、喜ばなければ売れ続けないので、
じきに売りつくして、売れなくなるので、目的は達せられない。

 

たとえば、その営業が、BtoBの商品を販売する営業ならば、
その「目的」は明確だろう。
その営業が売るモノが、
買った側のビジネスにとっての成功に結び付くと考えればそれを買うし、
実際に買った側のビジネスにとってのお客様が喜び、買い続けるならば、
売った側の商品は売れ続けるから、
結果として営業として成功することになる。

 

BtoBの営業は、
「目的」を、相手のビジネスとしての「成功」にすれば、
何をすればいいのか、何をすべきなのかがはっきりしてくる。
何となく、仕事のようなことをしている事が仕事でない。

 

特にBtoBの商品を売る営業は、
相手の成功を「目的」にして、
その目的を「実現」するための具体的な行動をすれば、
結果として、相手の成功を造り上げ、自分の営業としての成功にもつながる。

 

お客様の喜びを造り上げるのがKeePerの仕事の目的ならば、
営業の目的も同じだろう。
何も難しいことはない。
正しいことをすればいい。

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2019年02月18日(月曜日)

2.18.少しでも、なれることがあるだろうか

実は、昨日の映画「ファースト・マン」で
最も感動的だったのは、
ラストシーンだった。

 

主人公のニールアームストロングが、
人類史上初の「月に降り立った人」になって、
地球に帰って来て、検疫の為に隔離されている時、
奥さんがガラスの向こうに面会に来た。
二人はだまって目線を合わせることなく、
ガラス越しに指を合わせ、
やがて奥さんはニールアームストロングをじっと見つめる。
無言で、見つめるその表情は、
夫の偉業を褒めたたえる華やかな目ではなく、
ただ、生きて還って来てくれたことに対する深い感謝、愛のように見えた。

 

ああ、愛情とはこういうものなのかと、感動した。
相手が生きて存在していることだけで十分に満足し、感謝できる。
そんな純粋な愛情を見た気がして、とても感動した。

 

夫婦というものは血のつながりが無い他人であって、
お互いに相手に求めるもの、条件が多く、
自分の要求にいかに多く応えてくれるかが自分への愛情の証であるように、
求めるばかりの愛が増えているような気がする。
残念ながら、
自分の中にもそういう一面が、嫌いだが、ある。

 

自分は年取って枯れて、
欲が失せて行くにつれて透明になって行けたら素敵だと思う事があるが、
果して、そんな風に純粋になれることがあるだろうか。
少しでも、そんな風に純粋になれることがあるだろうか。

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2019年02月17日(日曜日)

2.17.X-15とアポロ11号、マンフレットピッチの「ジン」

今日は映画を見てきました。
「初めて月に行った人」という意味の「ファースト・マン
アポロ11号で月に行ったニールアームストロングが主人公。

 

この映画、高高度を飛ぶ航空機に乗っている場面から始まった。
宇宙服とも言える完全与圧服を着て、
激しい振動を伴ってロケットエンジンで加速しているようだ、
しかし、普通のロケットのように垂直に上がらず、
航空をほぼ水平飛行して、操縦している。
しかも、宇宙空間に近い様子だ。
とすると、X-15しかない!

 

ノースアメリカンX-15はたった3機だけ作られた超高速機で、
1950年代から1960年代に渡って超高速の記録を次々に出した実験機です。
有翼+有人の航空機としては世界記録の7,272km/h(約マッハ6.7)を出し、
いまだに世界記録の持ち主です。
自力で離陸は出来ず、超大型爆撃機B52の翼に吊られて
1万メートルの上空から発射、
着陸は垂直尾翼の下半分を捨て”ソリ”を出して、広大な乾燥湖に滑り降ります。
発射されるとはミサイルのようですが、
X-15は正に今の巡航ミサイルに操縦席を付けたようなもので、
現代から見れば、
巡航ミサイルにパイロットを乗せること自体が無茶苦茶で、
造られた3機のX15の内、1機は空中分解しパイロットは亡くなっています。

 

X-15は私が小学校の頃に初めて作ったプラモデルでした。
そのX-15に宇宙飛行士ニールアームストロングも乗っていたのです。

 

それが、
二人乗り宇宙船ジェミニ計画で、
宇宙空間での二つの飛行体によるランデブーとドッキング、宇宙遊泳が成され、
いよいよアポロ計画で、
複雑なプロセスを経て月面着陸につながる訳ですが、
それぞれの段階で、すべてまさしく命がけの冒険でした。

 

科学はまだデジタルは皆無であり、
アナログ全盛の世界で、
まさしく命がけの冒険を、
超エリートたちが、過酷な訓練を経て、
ものすごく難しい複雑なプログラムと理論で、
国家予算レベルの金をかけ、国家威信をかけて
有人月面着陸を果たした話は、
一緒に見ていた連れ合いたちには
絶対解らないであろう話が、
飛行機大好き、
宇宙大好きのオジサン谷好通としては、
いちいち涙が出るほど面白いように解かって、大感動だったのです。

 

それにしても、
月に行く」ということに何の得があるのか、
「月に行くこと」に命をかけることに何の意味があるのか、
どういう展望があるのか。
そう考えれば、あの時代の「月に行く」冒険は、
冒険以上には意味が無かったのかもしれません。
このプロジェクトの初めになったジョン・F・ケネディの演説には、
「なぜ月に行くのか。それが困難だからだ。」と言っています。
まったく論理的ではありません。
デジタルの今の現代ではまったく通じないアジテーションです。
だからこそ面白いのですが、

 

というよりも、
損得づくでない”冒険”とかいう無駄なものの価値は、
男の価値観の中のもので、
女性の多くには理解できないものではないのか。
この映画で興奮して涙していた私の横で連れ合いは眠たそうであった。

 

男は、無駄なものに価値を見出す傾向がある。
「冒険」などはその最たるものだが、
もう一つ面白いこだわりの価値を見つけた。

 

33周年の会として、
私の社長退任と新社長就任のお披露目の会に出席した
SONAXのDr.マンフレッドピッチが、私にプレゼントをくれた。
「手作りの”ジン”」
Dr.ピッチは手作りの酒を造るのが好きで、これが日本ならば密造酒になるが、
ドイツでは大丈夫らしい。
たまたま、私はジンが大好きで、
このプレゼントに大喜びだったのですが、
このジンが、凝りに凝っているのです。
すごいですね。無茶苦茶、嬉しいですね。

 

 

名前が違います。が、些細なことです。

 

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    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
    読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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