2026年06月13日(土曜日)
06.13.しばらくぶりの大福は、最後の大福か?
昔、私は、しょっちゅう出張をしていたが、
今は、全くと言っていいほど出張をしなくなったのは、体力の低下が原因です。
好奇心とか、みんなに会いたいという気持ちは、何も変わるものでは無いが、
特に腰をひどく痛めた去年ぐらいから、
今は治っているので、ちょっとしたきっかけで再発するのが怖く、
日常の生活とは違う行動をする事にすごく臆病になりました。
臆病になっているのは、
腰だけではなく、色んな要因があります。
もうちょっと若い時は、
毎日移動が伴うような仕事の仕方でも平気でした。
しかし、
新型コロナ禍をきっかけに
仕事の中に「オンライン会議」が入り込んできたからかもしれません。
移動そのものに時間と経費を使う事が無駄である事は昔から変わりません。
「オンライン会議」が時間と経費の節約に劇的な効果をもたらしました。
だからといって「対面」の意味が薄れてきている訳ではありません。
しかし、世の中全体が、
だんだんリモートで仕事を進めていく方が多くなっています。
だから、出張が減っているのは私だけではなく、
意外とこれが普通だとは思いますが、
私が決定的に昔と違うのは、ホテル泊がすごく苦手になった事です。
いつもと違う体の動きに怖さが付きまとうのです。
いつもと違う動きをして、いつもの違う事が体に起きる恐れを感じます。
具体的に言うと笑われるような小さな事ばかりですが。
だから、出張をしても、極力、日帰りばかりになります。
だから海外出張は、三年ほど前にドイツSONAXに行った時に
「これが最後の海外出張」と宣言をして行ったのが、本当に最後になりました。
あれほど何十回も行った中国をはじめ、
あらゆるアジアの国にも行きません。
今、KeePer LABOに何人もネパール人がいるのでネパールとか、
今度KeePer LABOが出来るであろうスリランカ、
海外進出の最も大切な拠点になるであろう北米とか、
今でも気持ち的には行きたい外国ですが、
多分、間違いなく、私が行く事はもう無いでしょう。
とはいえ東京には月に一二度は必ず行きます。
でも東京に泊まることはまずありません。
円安からインバウンドの爆発的増加に伴うホテル代の急騰がキッカケです。
私達が愛用していたビジネスホテルですら一泊4万円代なんて
信じがたいような値段がついて、
私だけでなく、みんなも東京に泊まることがあまり無くなりました。
それでも、東京には経済の全てが集まっているので、
東京に行けぱ出来る事や、お会い出来る人がいるので、
東京にはこれからも行く事になるのでしょう。
それでも泊まりません。ホテル代が下がっても泊まりません。
東京に泊まらない理由が無くなっても、
家に帰りたいと強く思うので、やはり泊まりません・
歳を取ってくると帰巣本能が強くなってくるのでしょうか。
単にそう言う事なのでしょうか。
昔の出張は、行った先の飲み屋さんで皆と
酒を飲んで、飯を食べながら騒ぐのが楽しみでした。
そんな場所が全国にいっぱいありました。
福岡では「餃子の旭軒」、
北海道・札幌では地元の皆が連れて行ってくれるので決まった店が無く、
仙台ではアンコウ鍋の「今井」。
秋田では店の名前は知らないが決まった「きりたんぽ」の店。
富山では「もつうどん」の店。
そして、
広島では、お好み焼きの「大福」です。
今回の広島行きでも宿泊する気は全くなく、
最初から日帰りで予定を組みました。
といっても私が組んだ訳ではなく、誰かが組むので、
ここまでやるかという程、ビッチリと隙間なく予定を組んでくれます。
しかし今回は、
広島と言えば、
広島出張時にいつも行っていた「お好み焼きの大福」で、
皆で広島お好み焼きを食べる予定を入れてくれていました。
広島に来るようになった最初のきっかけは何だったでしょう。
もう、全く憶えていませんが、
2011年3月11日の東日本大震災のニュースを、
広島で食事をしながら、その店のテレビ見た記憶があるので、
広島での活動は15年前の時点で、
すでにかなり進んでいた事は間違いありません。多分広島は20年以上です。
お好み焼きの「大福」は、
たまたまこの店の隣のビジネスホテル「ニューヒロデン」に、
当時の専務、私の弟がよく泊まっていて、晩御飯を「大福」で食べていました、
それで、私も広島に行った時は「ニューヒロデン」に泊まり、
一緒にこの「大福」で飲み、食べていたのです。
多分二十年以上前のことです。
あの頃から、この「大福」は何も変わりません。
しかし以前は、おじちゃんともう一人、
変わったお兄ちゃん(多分おじちゃんの息子)が手伝いにいましたが、
今は若いお姉ちゃん(オジチャンの孫?)が、手伝っていました。
この鉄板もずっと昔のままです。
お好み焼きには、私は絶対、ビールです。
何十年も、オジチャンは毎日何十枚ものお好み焼きを焼いてきました。
広島の連中とが十人も付き合ってくれました。
この後、焼けたお好み焼きをみんなで食べたのですが、
食べている間は写真どころではないので、写真無しです。
そして、お好み焼きを食べ終わるころ、
ふと、この大福に来るのも最後になるかもしれないなと思い、
食べ終わる最後の一切れを写真に撮って、
感慨深くその一切れを食べたのでした。
そうしたら、
隣に座っていた親切で優しい木下君が、
「良かったらどうぞ」と、自分のお好み焼きを少し分けてくれたのです。
ひょっとしたら、最後の大福になるかもしれないと
感慨深く。最後の一切れ(かもしれない)を食べたのに、
木下君は「良かったらどうぞ」と、もう一切れくれてしまったのです。
もちろん、
断る理由はありません。
よろこんで、貰ったその一切れを食べたのでした。
「こりゃ、もういっぺん来なきゃいかんな」とブツブツ言いながら。
オジチャンにスマフォを向けたら、
不気味に笑ってくれました。
結局、もう一回来なければならなくなった「大福」
ビジネスホテル「ニューヒロデン」は壊されて高層マンションなっていた。
たまたま写った左側の人が前出の「木下君」
オジチャンは、もう最後だと思って、手を振ってくれていたが、
木下君のおかげでもう一回来るとは思っていないだろう。
また来ますよ。オジチャン。
79才と言っていました。
オジチャンの方が先かもしれませんね。






















