2014年08月10日(日曜日)
8.10.現場に行かないと見えない笑顔と喜び、事業の意味
昨日の飛行機はスリル満点でしたが、
パイロットの「腕」もあって、無事、中部空港に到着しました。
しかし、空港に着いてからがちょっとした試練だったのです。
到着したのは3番ブリッジ、
ビルの端の方にあるブリッジです。
だから、預け荷物の受け取り口までの距離は相当ありましたが、
動く歩道が断続的にあるので、
動く歩道上で無理して歩かなければ、最小限のダメージで済みました。
私の障害者手帳は45年前取得なので、歩行可能距離1,000mと書いてありますが、
現状では、先日の椎間板ヘルニアもあって、300m程度に落ちています。
荷物の受け取りまでは、動く歩道上で歩かなければそれ以内に収まります。
それ以降の歩きの距離のために温存です。
荷物を受け取ったら、
到着出口にはボランティアの方が待っていてくれて、
電動のカートに乗せてもらえるので、助かります。
ボランティアの人にはいつも感謝しています。
しかしこの日は何の都合か、
電動カートが無いと申し訳なさそうにおっしゃっています。
残念ですが、仕方ありません。
到着口からエレベーターで1Fに降りれば、
すぐに降車専用の「車寄せ」があるので、
私が「この下で、車に乗れるようになればいいのですけどね、」と、言うと、
「本当にそうですね。」とおっしゃいました。
いずれにしても、がんばるしかありません。
空港に乗ってきていた自動車は、
例の駐車場の「予約制」がお盆で拡大されていたので、
ものすごく遠くに、停めてあります。
空港ビルの出口から
一番近いのがH棟、次にJ棟、
K棟、L棟、M棟、そして立体が無くなっ地面のN駐車場、
私達の車はこのN駐車場に停めてあります。
その距離、たぶん500~600m以上。
それでも通路には動く歩道があるので、
無理して歩道上で歩いたりせず、がんばればギリギリでモツかもしれません。
私の足は限界を超すと、ガクンと痛くなって、本当に動けなくなってしまいます。
こう書くのは悔しいのですが、残念ながら本当にそうなのです。
駐車場の通路に出たとたん、
無情にも、動く歩道が止っていました。
この長い歩道が、はるか彼方まで4本もあり、すべて停まっています。
台風対策だと書いてあります。
何か事故でもあると責任を取らされるということでしょうか。
これは参りました。
でも、仕方ないので、ぽちぽちと歩き始めました。
一番近いH棟には車を停められません。
H棟。よく見ると、三分の一くらいしか車が停まっていないのが判ります。
二番目のJ棟にも停められません。
こちらには、五分の一も停まっていません。
でも、ここで力尽きました。
まだ先はK棟、L棟、M棟、
そして行き先は地面のN駐車場の中、ゆうに300m以上はあります。
もう一歩も歩けず、ギブアップ。
娘に車椅子を借りに行ってもらうことにしました。
こういう時のくやしい思いは、たぶん健常者にはわかりません。
歩くのが苦手であり辛くはあるのですが、
とりあえず、少しは歩けるので、出来るだけ自分で歩きたいのです。
やれるだけは工夫しながらも、自分でやりたいのです。
でも、もう限界だったので、
娘が走ってビルに戻り、借りてきてくれた車椅子に座りました。
到着口の下の「車寄せ」で乗車が出来れば、すべて解決するのですが。
届出制でも、許可制でもいいので、
ガラガラのあの「車寄せ」での「乗車」を、
本当に必要な人にだけでも認めればいいのに。
そんなことを思いながら、
車椅子に座って、
怒りとも悔しさとも言えない気持ちで
連れ合いに車椅子を押してもらい自分の車に着き、
“私”が運転しました。
立って歩くのが苦手なのだけで、車の運転はまったく問題ありません。
水に戻してもらった魚のようなものです。
予約制になっていない、
だから、満車になっているK棟、L棟、M棟、の前を通って、
みんなで帰りました。
この空港ビルの企画をする人、管理する人、経営をする人、
この人たちが、この現場をしっかりと見ていないことは明白だと思います。
この空港がCSを目指していると公言するならば、
CSとは顧客満足戦略のことなのだから、
お客様がいる現場を、見なくてはいけません。
現場にいるお客様の苦労を見なければなりません。
歩くのが苦手でつらい、
その多くはお年寄りたちが、
どんなにしんどそうな表情をして、
長い距離を歩いているかを見るべきです。
そしてガランガランの予約の駐車場と、
ほとんど車がいなくて信じられないくらい空いている「車寄せ」を見て、
このままではCSに逆行していることを、
自分の目でお客様の顔と表情を見て、感じることです。
現場を見もせず、
頭で考えた施策はお客様を泣かせることになります。
現場に行き、お客様の身になって感じる事しかCSを実現する方法はありません。
空港からの帰り、
キーパーLABO大府店に、娘の車を受け取りに行きました。
毎年のクリスタルキーパーを、
帰省の機会にいつも、キーパーLABO大府店に車を預けて、
やっていくのです。
今回も、娘は、
二回目のクリスタルキーパーをやった自分の車を見て
「わぁー、信じられない。何でこんなにキレイになるの。すごい。」と大喜びです。
施工してくれた大府店のスタッフは、
その声に「それがこの仕事の遣り甲斐と楽しみなのです。」という顔をしています。
二回目のクリスタルキーパーを前に、
セイコ。ケイスケ、喜田君、多谷君、ヒカリ、藤原チーフ。
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2014年08月09日(土曜日)
8.09.夏休み、孫たちと盛り上がったことは言うまでもありません。
今、2014年夏のキーパー選手権が
やっと1/3を過ぎる前で、
皆さん大変な思いをしていらっしゃる頃です。
そんな時ですが、私は一足先に夏休みをいただいてしまいました。
7日の昼に中部空港を出発して、釧路空港に飛び、
そのままレンタカーで東に走り、「厚岸」から浜中町「霧多布」まで、
まっすぐ走れば約2時間。
でも、あちらこちらの見所に寄り道をするので、
結局、4時間くらいかかりました。
寄った所は、まず、釧路湿原の「細岡展望台」。
釧路湿原には湿原の西側に位置する大きな「釧路湿原展望台」が有名であり、
旅行案内の本にもこちらが載っていてインターネットでも真っ先に出てきます。
私も一度だけ行った事があります。
その「釧路湿原展望台」にはレトロっぽい巨大な建物があって、
それが展望台ということになっているのですが、
それは湿原を展望する目的で建てられた展望台というより、
その建物そのものが超立派で、
こんな立派で凝った建物である必要はまったくなく、
また建物の中の土産物屋が不釣合いで、
その立派すぎる建物への嫌気で、
「釧路湿原展望台」に行ったのに、
釧路湿原が、どんな眺望であったのか、かえって憶えていません。
だから、私は釧路に何度も来ていますが、釧路湿原を見た覚えがないのです。
それで前話のように畠中君が言っていた「細岡展望台」に行った訳ですが、
「細岡展望台」は正解でした。
駐車した車から展望台に入る案内が分かりづらかった程度で、
展望台は、単に展望台であり、
釧路湿原展望台のように、
展望台と称する建物がでしゃばりすぎていて、
肝心な湿原が印象に残らないようなものではなく、
広大な釧路湿原の一部を美しく見渡せて、
釧路湿原の素晴らしさをキチンと理解できる、正しく展望台でした。
ここ「細岡展望台」がお勧めです。
そこから約1時間、岸の街を抜けて、
霧多布湿原のある「浜中町」に向かうには、
「陸上周り」と、「半島周り」の二種類あり、
NAVIで設定すると「陸上周り」を案内して来ますが、
ここは文句無しに「半島周り」をお勧めします。
絶対に半島周りです。
厚岸から赤い大きな橋を渡ると半島周りの道路に出ます。
「厚岸」から「浜中」まで30分程度の道のりですが、
そのちょうど中間点に「あやめが原」という場所があります。
ここは、たとえお急ぎであったとしても、ぜひ寄って行って下さい。
道路から700mほど入った駐車場に車を置いて、
あやめが原に歩いていくと、
すぐに木造の扉付きの門があります。
その門はいつも閉じているので、入ってはいけないのかと思えるのですが、
あやめが原には、馬が放牧されているので、
馬が逃げないための扉付きの門なので、人間の手で簡単に押して明けられます。
だから、勝手に入っていいのです。
勝手に入って、200m~300m歩くと、
左側に「びっくりするような絶景」が見えます。
ここは、本当に皆さんびっくりします。
巨大な岸壁と、荒波が打ち寄せて、水煙で白く煙っている様子は、
いつ見ても、胸がすっとします。
そしてあやめが丘という海に突き出た半島では、
放牧された馬にも会え、たいていの場合、何頭ものエゾ鹿にも会います。
厚岸から浜中へ行く道は、半島周りで、必ずあやめが原に立ち寄る。
これは、絶対にお勧めコースです。
あやめが原で気分を良くしたあと、
また元の道に戻って、
20分くらい走ると今度は「琵琶瀬展望台」があります。
ここにも、寄らなくてはいけません。
琵琶瀬展望台の駐車場に入って、すぐ脇に「展望台」があるので、
脇目もふらず、まず、登って下さい。
登ったら、
「霧多布湿原の全貌」が、突然、現れます。
ここでも、みんな、「うぉーーーっ」っと、声を上げます。
ここも写真は載せません。
どんなに色々工夫をして写真を撮っても、
その感動を1/10も表現出来ません。
本当の感動的な景色は、絶対に写真では撮れません。
アメリカのヨセミテでそんなことを思いましたが、
あの大迫力の感動とは、まったく違う意味ですが、
感動の大きさはそれに匹敵したものが
琵琶瀬展望台からの霧多布湿原の眺望にあります。
昔から人と自然が共存し、
混在しつつ、平和が保たれている不思議な湿原です。
今、釧路空港から中部空港に飛ぶ飛行機の中です。
台風11号の影響で、
「中部空港悪天候のため、
中部空港上空に来てからの天候調査で着陸が難しいと判断された場合、
羽田空港への着陸、あるいは釧路空港へ引き返す場合があります。」
と、条件付の飛行です。
釧路空港を飛び立って約1時間15分、
中部空港への降下が始まり、シートベルト着用のサインが点灯しました。
これから長い時間、強い風と、乱れた気流の中を、
恐る恐る様子を見ながら中部空港に進入します。
着陸できるかどうか、
相半ばというところでしょうか。
機長が機内放送で、
「小さ目の飛行機(B737-800)ですが、
非常に頑丈な飛行機ですので、
どんなに揺れても、絶対に安全です。ご安心下さい。」
と、自らをも勇気づけているような言葉を言っていました。
とりあえず、覚悟しましょう。
皆さんよりも早めに夏休みを取ってしまったのですから、仕方ありません。
私の夏休み、
一泊目は、霧多布湿原の脇に立つ「ペンション・ポーチ」に泊まりました。
http://www6.ocn.ne.jp/~porch/
二泊目は釧路市内のホテルに泊まりました。
そして、
市内の居酒屋で、
孫たちとご飯を食べ、私はお酒を飲みました。
孫たちと、盛り上がったことは言うまでもありません。
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2014年08月08日(金曜日)
8.08.霧多布湿原は「人と共存している自然」だからこそ。
今年の5月、
会社の役員さんたちを道東の霧多布湿原に行きました。
遊びに行ったのではなく、ある意味を持って、わざわざ連れて行きました。
その意味はともかくとして、
その霧多布湿原について、
帰りの途中から分かれた畠中君がこんなことを言いました。
「霧多布湿原からの帰り、釧路湿原を細岡展望台から見たのですが、
釧路湿原は広大ですばらしいものでした。
でも、その圧倒的な景観を見たからこそ、
霧多布湿原の別の意味での素晴らしさが判ったような気がしました。」
と、言います。
私はこの言葉の意味を、
いまひとつ理解していなかったのですが、
昨日もらったメールにこうありました。
「釧路湿原は広大で、観光地で、守られていて、触れることのできない
『見る』もの。」
「霧多布湿原は人間が自然と共に生きることの
『生』を感じました。」
これに、なるほどと思ったのです。
私が今までたくさん見てきた自然で、
そのスケールや、珍しさで言えば、
もっと素晴らしい所はいっぱいありました。
しかし霧多布湿原に感じたのは別次元の何かだったのです。
それが何だったのか分かったように思えました。
素晴らしい景観の自然を見た時、
その素晴らしさにはたしかに感動するのですが、
それは、自分自身と存在とか、生活とは関わりのない、
『見るもの』でした。
しかし、霧多布湿原は、
浜辺のコンブの漁師さんたちの家が、
湿原のすぐ近くまであって、
中には湿原の中に少しくい込んでいる家まであり、
湿原にすむ野生動物までも、人家の庭の中にまで平気で入って来ます。
キタキツネ、エゾシカなんかはもちろん、なんと丹頂ヅルまでもが、です。
こんなに自然と人間が混在して住んでいる所は、
しかも超一級の自然と、希少な生き物までが人間と混在して、
しかも、平和に住んでいるから、
この霧多布湿原はすごいのです。
ある意味、奇跡的とも言えます。
しかし逆に、それが故に危うさを持っているとも言えます。
だから、放っておけないところなのです。
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2014年08月07日(木曜日)
8.07.繁忙期にガラガラになる空港の駐車場
中部空港から釧路空港に飛ぶ飛行機の中です。
中部⇔釧路の便は、観光客が増える夏の時季だけ運行されます。
今日は私も観光客の一人ですが、
夏休みは、出張でよく飛行機を使うものにとっては試練のシーズンです。
だいいちにチケットが本当に取れなくなります。
私達はだいたい一ヶ月くらい前に乗るべき飛行機の便が決まるのですが、
観光客は何ヶ月も前から計画を立てている場合が多く、
飛行機のチケットも割引率の大きい遥か事前のチケットを取りに来ます。
一ヶ月前の予約ではどの便も満席で、
もう、どうしようもないことがあります。
夏でしたら、今ぐらいから20日過ぎまでが混みます。
もう一つ深刻なのが、
中部空港の駐車場が使えなくなっていることが多くなります。
旅客が増えるのだから当然だとは思うのですが、
実際の駐車場はガラガラなのです。
特にターミナルビルに近いような駐車場からガラガラなのです。
パッと見た感じでは半分くらいしか停まっていません。
これは、繁忙期に中部空港の駐車場は「予約用駐車場」が拡大されるのです。
繁忙期だから「予約」が拡大するのは当然のように思えるのですが、
実際は、便利な所の駐車場からガラガラになっています。
なのに、予約枠にされていない普通の駐車場の数は減ってしまっているので、
すぐに満車になってしまい、
予約をしていな車が非常に停まりにくい、大変不便な状態になっています。
予約枠の駐車場は、一日毎の予約なので、
1泊2日の旅行で駐車場を予約するには2日間の予約枠を取ります。
つまり48時間分の枠を取ります。
しかし、実際に使うのは、
たとえば1日目の午後からと、2日目の午前中だけです。
すると、
1日目の午前中の12時間と、
2日目の午後からの12時間は駐車場が空いていることになります。
つまり、48時間の予約中24時間しか使わないので、
24時間は誰も使えずに空いていることになります。
だから、予約用の駐車場がガラガラになってしまうのです。
この場合の「予約制」は、
駐車場のキャパシティを半減させることになっています。
それを旅客が増える繁忙期にやってしまうのですから、
一般の旅客はたまったものではありません。
特に繁忙期にあまり関係なく出張をする私のような者は、本当にたまりません。
こういう不合理な施策を平然とやるのは、
実際に、この駐車場を予約無しで利用をしたことのない
この空港の人でしょう。
一般の顧客の立場に立てない、自分勝手な人なのだと思います。
「現場を知らない」とは、こういうことを言うのではないでしょうか。
ならば「予約」をすればいいと言われるかもしれませんが、
今流のインターネットを使っての予約が出来ない人も、
特にお年寄りを含めて半分はいるでしょう。
そういう意味では、この施策は年寄りいじめの施策になってしまっています。
また、この空港の「車寄せ」は、「降車」専用で「乗車」が禁止されており、
常時、複数のガードマンが見張っていて、
車に乗ろうと車寄せに行くと追い払われます。
私も他の所で、
乗車が許可されている場所に、
車を長く止めて、
乗ってくる人を待っているような車でいっぱいになってしまい、
降車も出来ないくらいになっているところを見て、
人に迷惑をかけても平気なその無神経さに腹が立つことがありますが、
それをさせないために、
乗車自体を禁止してしまったのでは、
遠い駐車場まで歩くのがつらい、お年寄りなどの歩くのが苦手な人に、
辛くて不便な空港になってしまっています。
せっかく複数のガードマンを置いているのですから、
「乗車を禁止して、乗車の”人”を追い払う」のではなくて、
「乗車を認めて、一定時間以上その場に待つような”非常識な車”を排除する」に、
ガードマンの役割を変えたらどうでしょう。
そうするだけで、
年寄り、あるいは体が少し不自由な人を連れている家族が、
「私が今、駐車場に行って車を取って来るから、”車寄せ”で待っていて。」
ということが出来る。
あるいは、
「到着の時間が何時だから、”車寄せに行っていて”、直に迎えに行くから。」
というようなことも出来ます。
そして、車寄せにベンチをたくさん設置しておき、
お年寄りが座って待っていられるようにする。
こんな風に出来たら、いいなあと思いました。
お年寄りがどんどん増えている世の中で、
こんな発想は出来ないものでしょうか。
現状は、インターネットを使って「予約」をする人をあくまでも優遇し、
繁忙期に予約枠を増やして、ガラガラの駐車場をかえって増やしてしまい、
予約を出来ない年寄りの車をうんと遠いところに停めさせてしまっています。
さらに、車寄せでは”乗車の人”を追い払って、
“車寄せ”を、とんでもなくガランガランにしただけで、
お年寄りや歩くのがつらい人を遠い駐車場まで歩かせてしまっています。
中部空港はなんと「CS世界一」を目指してするそうです。
しかし、実際に空港という現場を利用しているお客様の立場に立ってではなく、
ずっと机の前に座っている人たちが、
お客様が見えない雲の上からCSを考えているのでしょう。
だから、こんなピント外れの施策になってしまうのではないでしょうか。
現場にこそお客様がいて、
現場にこそ事実と真実がある。
ということなのでしょう。
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2014年08月07日(木曜日)
8.07.世界を歩き、世界に住む中で身に付けたヤサシサなのか
娘と孫たちが昨日、帰ってきました。
先行して夏休みを三日間取って、
今日から孫たちを連れて釧路の霧多布に2泊3日で出かけます。
孫と娘たちが帰ってくると必ず行くのが、
近所の小さな中華料理店「伍島園」です。
ここの餃子とチャーハンがみんな大好きなのです。
伍島園を営業する五島列島出身のご夫婦には四人の娘がいて、
上から京子ちゃん、幸(子)ちゃん、豊(子)ちゃん、愛(子)ちゃんです。
この伍島園の二階にある宴会の広間は、
「幸の間」「京の間」「豊の間」「愛の間」「福の間」と名づけられていて、
両親に愛されていたことを思わされます。
今は、どの娘の婿さんなのか分かりませんが、
二人の婿さんが、厨房で料理を作っています。
一家総出で中華料理店をきりもりしてきた暖かさを感じさせます。
四人娘の末っ子が「愛ちゃん・アイコ」で、
私の娘より三つ年下です。。
私達がガソリンスタンドで独立した頃、
上の息子と娘はまだ小学校の低学年。
独立したばかりで両親は年中働きっぱなしだったので、
二人の兄弟は夜までほったらかしでした。
そんな時、娘・セイコはアイコといつも一緒に遊んでいて、
伍島園でご飯を食べさせてもらったりしていました。
セイコはあのころから伍島園の餃子と炒飯を食べてきたのです。
でも、中学校、高校と別の友達がそれぞれ出来て、
共に遊んだのは小学校までだったようです。
大人になったらアイコは自ら外国に行きました。
ブラジルに三年住んで、スリランカ、シンガポール、タイ、
そして日本に戻ってきても沖縄に住み、
ずっとセイコと会うことはなかったのですが、
たまたま、実家である大府に帰ってきていたセイコは、
実家である伍島園に帰ってきていたアイコとばったり会いました。
25年ぶりくらいと言っています。
昔、子供の頃のアイコは、セイコよりもずいぶん背が小さかったのですが、
今はずいぶんでかくなって、存在感たっぷりです。
でも、写真を撮ろうとしたら、
セイコの横で背を低くして写ろうとします。
世界を歩き、世界に住む中で身に付けたヤサシサなのでしょう。
本当はこんなにデッカイのです。
孫たち。カメラを向けると自動的にVサインをします。
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