2021年11月18日(木曜日)
11.18.自然の”雨”が洗車になる不思議なEX KeePer
昔から私は自分の車を自分で洗ったことがない。
かといって誰か部下に洗わせることもしない。
昔は、自分の車は必ず「連続洗車機」で洗っていたのです。
自分の車にはダイヤモンドキーパーを施工してあったので、
連戦で洗ってもビクともしない
ダイヤモンドキーパーのタフさを実正する為にも手洗い洗車をせず、
必ずLABO東郷店まで走って行ってわざわざ連続洗車機で洗っていたのです。
それが三年ほど前からその連続洗車機も使わなくなったのです。
三年程前からEXキーパーのテスト車として自分の車を出したりしていたので、
初期の頃からのEXキーパーがいつもかかっていた、
二年前に市販型のEXキーパーになったが、
あれから自分の車はどの車も洗ったことがない。
EXキーパーをかけてから、車が汚れなくなってしまったからです。
雨が降らなければ砂埃は塗装の上に乗るので、
うっすらとは汚れるのですが、
乗っているだけなので、雨が降れば全部撥水に乗って落ちてしまい、
すっかり洗車をしたようにきれいになってしまうのです。
自然の雨が洗車になったような感覚です。
雨の降り方が少な過ぎれば、うっすらと汚れが残りますが、
キレイにはなっています。
だから私のVOLVO XC-60は、4年経った車も、
家内用に買った二台目のVOLVO XC-60ももう2年目ですが、
洗車を一度もしたことがありません。でも本当にキレイです。
会社の役員や幹部社員の社用車には、
ほぼすべてEXKeePerを掛けてありますが、
洗車をしている所も、させている所も見たことがありません。
多分、一度も洗ったことがないはずです。でも、もちろんキレイです。
それがみんな当たり前のようになっているのですが、
これって考えてみるとすごい事です。
それを実証するためにデータの出し方を色々考えたので、
今度そのデータを出してみます。
紅葉と夕焼けが美しい夕方でした。
しばらくの間、雨(洗車)は降りそうにありません・
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2021年11月17日(水曜日)
11.17.・・・らしい行動を取っていれば、事は成るか。
先月の27日以来、約三週間ぶりに出社しました。
その為に久しぶりに車の運転もしたので、ちょっと緊張しましたが、
すぐに感覚が戻って普通に運転とて会社に行くことが出来、安心しました。
会社では会議室で社長と専務で2時間ほど話しましたが、
意外と疲れることもなく、
お茶もおいしく飲めて、
トイレへも普通に歩いていくことが出来、一つずつ日常が戻ってきて、
すごく嬉しい時間でした。
今週は金曜日に親しい方とのIRを皮切りに始めて、
来週から、少し短めの時間にして日常とほぼ変わらない日程が組まれています。
そんなペースで12月の年末まですでにほぼびっしりの予定が入っていて、
ここからは、僅かに空いている隙間を埋めて行くような段階に入るのでしょう。
いつものパターンです。
そう考えてみると、この空白の三週間はまるで奇跡的な空白でした。
事業の承継が確実に進んでいる証だということも言えます。
今、この会社に求められていることは”結果”を確実に出していく事。
いつもの活動を、
いつものように続けているのでは、
活動をしている者にとっては仕事をしている事に違いは無いのだが、
らしい事を続けているだけで、着実に”結果”に近づいている事にはならない。
結果は結果としてはっきり認識し続けた上で、
その結果に確実に近づいていくステップを意識して踏んでいかなくては、
決して結果に到達することはなく、活動と言う仕事を続けているだけになる。
所謂”らしい事”をしているだけで、本当の意味の結果を伴う仕事にならない。
経営者の経営者としての仕事とは、
実に、本当の意味の結果を誰よりも意識して、全体に明確に示し、
結果を”実現”していく事にある。
経営者とは、まさしく”実現力”そのものにある。
本文とは関係なく、
来年の干支である”虎”をもう実現したそうです。
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2021年11月16日(火曜日)
11.16.今日、無事に退院して、カツ鍋定食を食べました。
今日の午前中、無事に退院を果たしました。
18日ぶりです。
入院中はあらゆることにつけて行動が制約されるので、
フラストレーションの塊になっていて
退院したら、あれもやりたい、これもやりたいが溜まっていました。
ところが開腹手術を受けた事と、その後二週間入院していたという事は、
それ相応に体にダメージが残っていて、
帰りの車に乗り込むのにも体がヨタヨタしてしまって
とても帰りの運転をしようとする気にはならないくらいで
退院したらやりたいと思っていた事もとても出来そうにないと感じました。
やはり開腹初術は腹筋を切断する事にもなって体幹がガタガタになり、
ほとんど歩かないことによって足の筋肉が明らかに衰えています。
それ以前に、
手術を受ける準備として1年半かけてダイエットを重ね
93kg→78kgまで落としていたのですが、
それは筋トレを伴った減量だったのでほとんど体力は落ちていませんでした。
しかし、入院後手術を経てその後の入院生活で
ほとんど運動なしで78kg→73kgまで落ちていて、
ピークからすると約20kg落ちた訳でさすがに筋力がガクッと落ちていました。
それは家に帰り着いてから
余計に感じたのです。
あれだけ楽しみにしていた自宅での時間が、
病院にいた時よりも体に力が入らなくて、ちょっと愕然としたのです。
やはり年齢のせいなのでしょうか。
このまま本当に老人になってしまうのでしょうか。
ちょっと気持ちが暗くなっていたのですが、
ふと気を取り直して考えました。
まず、入院すると私はいつも便秘になってしまう悪い癖があって、
今回ももう一週間以上も便通がありません。
だから、おなかがバンバンなので、まず冷たい牛乳をぐっと一本飲んで、
トイレに座っていたら、いつものトイレでは条件反射のように便通が来て、
大量に○○○が出て、いっぺんにスッキリしたのです。
何とあの無気力感の主因は便秘のせいだったようです。
すっきりしたら、急に食欲がわいてきて、
入院中にずっと思っていた「退院したらまずカツ丼を食べよう。」を
実行することにしました。
かつ丼ならいつも行っている肥前屋のカツ丼が美味い。
どうせ肥前屋に行くならカツ丼よりカツ鍋定食の方が、食べ手がある。
で、皆で肥前屋に行って、私はカツ鍋定食を食べたのです。
そうしたら、すっかり元気になって、
気力が戻ってきたのです。
筋力はリハビリを一生懸命やれば必ず戻るので、
これがきっかけになって一挙に老人化してしまう可能性は無くなりました。
人間、
手術とか、入院生活では、
すっかり筋力を落として、
うっかりする気力まで失いそうになるが、
これを取り戻すには、まず便通、そして、とにかく食べることのようです。
私はカツ鍋定食で生き返りました。
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2021年11月15日(月曜日)
11.15.平和を実現するのは「お互いを知っていること」
争いとは、それが
些細な争い事であっても、
それが国家間での、あるいは民族間での大きな戦争であっても、
その争いが起きる動機は、必ず、片方のあるいは両方の被害者意識から始まる。
「私たち(の国あるいは民族)が貧しく苦しいのは、
あの国(あるいは民族)が、
私達の得るべき富を不当に横取りしているからだ。
あいつらが悪い。
攻撃して殺してしまえ。そうすれば私達も豊かになれる。」
太古の昔から今の今に至るまで、
よくもワンパターンで繰り返してきたものだ。
政治家であったり支配者たちも広く人民を扇動し支配するには、
「我々は被害者だ!」と煽るのが手っ取り早くて効果的なので、多用してきた。
お互いが自分が被害者だとし、相手を加害者だとして殺し合い、
死体の山を築いてきたのが人類の歴史でもある。
それを根本的に救うのが豊かさなのだろうか。
皆が豊かになって満たされれば、誰も被害者にならず
争いの元もなくなるはず・・だった。
しかし、万人が揃って豊かになることはなく、
富はいつも極端に偏っていて、飢える人もいて、争い事はやはり絶えなかった。
あるいは、富める者同士がより大きな富を奪い合って、
時には雇われた者同士を使って戦った。
しかし、ふりかえって見れば、
争っているのはいつも時の権力者・支配者であり、
しかし、実際に殺し合っているのは支配されている側の人民であった。
かつては、支配者や権力者の情報操作による
「俺たちは被害者だ」の扇動によって、
お互いの人民一人一人が、
加害者をやっつける正義の使者になったつもりで殺し合った。
しかし、今は、
インターネットが世界中に広がって、
事実がどうなのかの情報が溢れかえっていて、
支配者や権力者の情報操作による「俺たちは被害者だ」の扇動は
ほとんど通用しなくなった。
それでも権力者たちは情報を”演出”することによって、
その扇動をやろうとする権力者もいるが、昔のようには行かない。
みんな「知っている。」からだ。
人は知っている。
相手が、違う性の持ち主であろうと、違う肌の色であろうと、
違う民族の者であろうと、違う年代の者であろうと、少数派の人であろうと、
その人の事をよく知れば、
お互いに憎むべき存在である訳がなく、
ましてや殺すべき相手である訳がない事が判る。
むしろほとんどの場合、愛すべき存在であることが判る。
情報が遮断された状態では、
支配者や権力者たちが自分の都合のいいように、
自分たちを被害者と言いくるめ
相手(の国、民族)を、憎むべき、殺すべき存在であると扇動すれば、
人民は、情報がなく知らないので、
相手(の国、民族)を憎むべき、殺すべき存在であると信じ込み殺し合い始める。
しかし、今は「知っているので」
そんなバカげた扇動に乗ることはなく、平和が保たれる。
平和とは、
お互いに”知っている”事からすべてが始まる事のような気がする。
瀬戸内寂聴さんが言っていたように、
人とは元々、
「自分以外の人を幸せにするために産まれてきて生きている」のだから。
明日の午前中にやっと退院です。
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2021年11月14日(日曜日)
11.14.たまたま優勝の現場を見てしまいました。大ラッキーです。
10月29日に入院して、11月2日に手術を受け、
術後はすこぶる順調で、あれから11日経ち、明後日退院します。
全部で18日間の入院は初めてであり、大変長い長い日でしたが、
やっと退院が見えてきました。
もう何んのパイプも繋がれてもいず、痛い所もなく、
不味いとしか思わなかった病院食も薄味に慣れてきたのか
大嫌いな野菜の味も少しは分るようになってきて、結構食べられています。
それでも体重は減っていて、
今日の朝は74.3kgにまで下がっています。
二年前に手術に向けて体重を落とし始めた頃は93kgありましたので、
あれから比べると大まかに20kg近く落ちたことになります。
本人は「軽くなって楽になった」などの自覚はあまり無いのですが、
久し振りに会う人は皆さん驚きます。
只今は時間が過ぎるのを待つばかりで、テレビを見ています。
今日の昼頃、たまたま間違えでNHKの教育テレビにチャンネルが合ったら、
突然、”カヌー競技”の画面が映ったのでびっくりしました。
実はKeePer技研は、
カヌースラロームのオリンピック選手「足立和也」選手を、
昨年から応援しているのです。少しですがスポンサードと
競技の為の技術供与(どんな技術なのかはまだ秘密です)を行っていたのです。
東京オリンピックでは不運もあって入賞も出来ませんでしたが、
次のパリオリンピックに賭け、
メダルでも取れたら派手に披露しようと思っていました。
偶然出てきたのはその「全日本スラロームカヌー大会(NHK杯)」で、
最終選手の一つ前の場面で、
直感的に最後の競技者は足立達也選手のような気がしたら、
本当にあの足立選手が最終競技者として出てきたのです。
大会があるのは聞いていたのですが、
手術の事もあってすっかり忘れていたのですが、
この場面でドンピシャで足立選手が競技するところを見る事が出来たのです。
ここまでラッキーが続くのは珍しい事です。
ならば当然、
ここは足立選手の優勝に決まっています。そう思い込んで見ていたら、
本当にトップタイムを出して優勝してしまったのです。
信じられないような偶然とラッキーです。
不思議な強い”縁”を感じます。
先日ご挨拶に来られた時、
左から足立和也選手、レーシングデザイナー由良拓也氏、私、市場コーチ。
まったく別の事ですが、
とっても平和で嬉しい事がありました。うれしい。
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