谷 好通コラム

2002年05月01日(水曜日)

410話 寿司屋の不思議

以前、クルクル寿司の話を書いた
そして、結構おいしかったことも

 

その昔、一般的に「寿司屋」と言えば
割と狭い店に、カウンターがあって
客はカウンターに座って
店の大将が向こう側に立って
眼の前にはガラスの冷蔵ショーケース
いわゆる江戸前の「立ち喰い」と言うスタイル

 

ネタごとに値段が木の札に書いてあって、上の方にぶら下げてあった
その値札の中に“時価”と書いてあるものがある
だいたい、「車えび」「トロ」「あわび」「ウニ」などがその“時価”の常連だ

 

私が、初めて寿司屋さんに親父に連れて行ってもらったのは
十代の頃で、受験合格か何かのごほうびであった

 

近くの「立ち喰い」の寿司屋に入る前に、親父に念を押すように言い聞かされた

 

「絶対に“時価”と書いてある寿司は頼んじゃイカンぞ!
あれは寿司屋の手なんだ。
うっかりそんなものを注文したら、いくらフッカケられても
何にも文句言えんだろ。
“時価”なんだから!
あれは、寿司屋がいくら取ってもイイという印なんだからな!
いいか、絶対“時価”はイカンぞ!」

 

私は、怖い世間の秘密を聞いてしまったような気がして
寿司屋さんの入り口ですっかり緊張してしまった

 

そして、食べ始めた
もちろん、鯖30円とか、あなご50円とか、はっきりと値段が書いてあるものだけを
(当時は、お好み焼き肉入りが1枚50円で買えた)

 

そのうち、店の大将が話しかけてきた
「お客さん、今日は“トロ”のイイのが入ってますよ、どうですか?」
私は親父の顔を覗き込んだ
「トロは今日はいいわ、つぎは玉子がイイナ」
さすがに親父
サラッとかわした
そんなこんなで、きわどく恐怖の“時価”から逃れた記憶がある
ドキドキしたものだった

 

「それにしても、“トロ”って、どんな魚なんだろう」
その疑問は、それから何年か先まで謎のままであった

 

 

寿司屋といえば、“高い!”というイメージが付きまとう
そこへ登場したのが「クルクル寿司」
超明朗会計
皿の色で、値段があらかじめはっきり分かる
そして、店の大将から「今日は○○がいいよ、どうですか?」などのお誘いを
断らなくてもいい
誰にも気兼ねなく、好きなものだけをサッと取って食べればいいだけ

 

持ち帰り寿司も、いまや当たり前のものになってしまっている
これも結構おいしくなっている
それなりに十分に楽しめる

 

しかし、「寿司屋さん」の寿司はやはり別格である
熟練の職人さんが吟味したネタを、念入りに研いだ包丁で
切れ味鋭くさばき
いい米を、でかいお釜で強火で炊き、職人の技術で酢に合わされた寿司飯に
ちょうどいい具合に握られた寿司は、やはり別格のものがある

 

ところが、その「寿司屋さん」が、急激に世の中から減ってきた
クルクル寿司、持ち帰り寿司の
“安さ”に押されて、減ってきたのか

 

そうばっかりでもない
「寿司屋さんが楽をするようになってしまったから」
私は、それが大きな要因だと思っている
今、多くの寿司屋さんは
寿司のネタ、つまり魚などをデリバリーサービスの食材屋さんに頼っている

 

以前、寿司屋さんの眼の前に、自分の店を持ったことがある
そこの大将は朝10時ごろ起きて来て
昼過ぎにやって来る食材屋さんからネタを仕入れていた
冷蔵コンテナを積んだ軽トラックの扉に頭を突っ込んで、ゴソゴソやっている風景
最初、私は何をやっているのか分からなかった
ネタを、軽トラックの中から買っていたのだ
それで今日の仕入れはおしまい
持ってきてもらったネタで、今日一日商売をするのだ

 

かつて昔
すべての寿司屋さんは、朝早く
それも日も上がらぬ朝4時ごろに起き
魚市場に、大将自ら出かけて
魚市場に山ほど出ている魚の中から、鋭い眼力で、自分の気に入った魚を選び
その日の寿司ネタを仕入れていた

 

いい魚の選び方は、代々の大将から引き継がれた
ネタの仕入れは
寿司屋の命の一つであったのだ
寿司屋さんは、夜12時までとか、随分遅くまで営業している
営業が終わってから、片づけをして
ちょっとだけ寝て
朝4時ごろ起きる
それから仕入れを済ませて、昼寝をたっぷりする
昼の営業をする寿司屋さんは、それもろくろく出来ない
夜の営業前に仕込みをして
夜遅くまで営業する

 

寿司屋さんは、本当に大変な商売なのだ

 

それが
ネタのデリバリーサービスを受け入れれば
巡回してくる軽トラの中から適当なネタを仕入れて
それでおしまい
寿司屋さんの宿命である早起きを、しなくてもいいのだ

 

「楽だ!」

 

その代わりに、その店の大将の気持ちの入ったネタが店から消えた

 

クルクル寿司とか、持ち帰り寿司と全く変わらないネタで
「立ち喰い寿司」をやっている寿司屋さんが増えてしまった
もちろん、そういう寿司屋さんばかりではないだろう
しかし
これでは
クルクルとか
持ち帰りに、勝てるわけがない
話にならない

 

「いやな世の中だよ、クルクルとか、素人のパートのオバサンが
作る寿司を、みんなが食う世の中じゃ、腕の振るいようがネエや」
自分はラクして
店が暇なのは、世の中のせい・・・

 

 

イ~エ、イエ
そんな寿司屋さんばかりではない
いつもの「すし善」
この店の大将は、自分のネタを仕入れることを楽しみにしているようだ
仕入れは、知多半島の先端、師崎の魚市場
そこで、毎日上がったばかりの魚を仕入れてくる
「今日は、○○が入ったから」と言って、勝手に出してきてくれる
かと、いえば
マグロが食べたい、と言っても
「あー、今日のはダメ、うまくない」
と言って、出してくれない
ダメって言ったって、じゃあそのネタどうしちゃうの?と聞くと
「・・・・・」
ホントどうすんだろ

 

そして、自分が気に入ったもの、面白そうなものだけを仕入れてくるみたいだ
今まで出たもの
「エイ」 (煮つけ。「おいしくない」と言ったら、「やっぱり?」と答えた)
「まんぼう」
「たかあし蟹」 これは美味
「見たことのないカニ何種類か」
「見たことのない貝、数種類」
「おいしい漬物、たくさんの種類」
「春は必ず出る、たらの芽などの山菜類たくさん」(自分で取りに行く、趣味)
(取立ての山菜は、苦味がとってもうまい)
「自分でも見たことがないと言う名前の分からない魚、数度」
「珍しい果物」(これはお土産にくれること数度)
「牛タンの味噌漬け」(牛タンにはこだわりがあるとか、いい牛タンの見分け方を教えてくれた)
「新鮮レバーの刺身」
今一番凝っているのが
「トマト」(いろいろな種類があって、味が濃くメチャクチャうまい)
「沢蟹」(客が取って来て、置いて行ってくれるそうだ)
「ムツの粕漬け」

 

キリがないから、もうやめる

 

これが寿司屋か?
いいじゃありませんか
客の目的は
「うまいものを食べること」であって
「寿司を食う」は
その手段です。
何が出てきたって、「うまい!」と客に言わせれば、すし善の勝ち!

 

私たち快洗隊の、先生の一つです。

 

 

値段は決して高くないが、ホントに高くないが
もちろん、クルクル寿司よりは高い

 

いつも大繁盛なのは当然です。

 

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    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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