谷 好通コラム

2005年07月19日(火曜日)

1214.住む人のいない家

過疎の村。
九州の山奥にある小さな村。

 

40年前、あるいは30年前、
どの家も子沢山で、子供たちがいっぱいいた。
お父ちゃんと、お母ちゃんと、お兄ちゃんと、お姉ちゃんと、妹たち。
まだ体の小さいお姉ちゃんは妹をおんぶして子守をさせられながら
ほっぺたを真っ赤にして遊んでいる。

 

やがて学校に行きだして、お勉強が楽しくてならない。
でも、やっぱり妹の子守はこの子の仕事。

 

お正月には父親の本家に行かされると、緊張するので子供心に嫌だったが、
母親の実家には、好きな叔母さんと従兄弟がいっぱい集まっていて、
そこでは何も緊張もしなくてよかったので、楽しかった。
それに必ずもらえる“きな粉もち”が、ほっぺが落ちるほど美味しかった。

 

特に、お正月とお盆には、
村を出て行った若者たちもほとんど帰ってきて、
にぎやかで、華やかで、
あちらこちらの家からお酒の入ったにぎやかな宴会の声が聞こえる。
(酒はもちろん焼酎だ。)
酒の肴は、牛肉のそれよりもうんと美味い豚肉かかしわのすき焼き。
その声の中には田舎に残っている子供たちの声も混じって、
それにその家の親の声も混じって、
それはそれは、人と人のつながりがもっとも美しい声の響きであった。
きっと、今それを聞いたら誰もが涙が出るだろう。

 

長男はとても頭が良くて、学校でもいつもトップ。
父親の自慢の種であった。
長女は一家の一番上の子供。
頑張り屋さんであった。
彼女は中学校を出て15歳の時、高校に行きたかったけど、
その村の一番上のこの誰もがそうであったように、都会に出て働き、
家に仕送りをするように親から命じられていた。
そうすることによって、
その下の兄弟が高校に行くことが出来るのだ。

 

二番目の子、長男はそのおかげで高校にいくことが出来、
卒業後、都会の公務員となり働きながら大学まで行き、立派な役人である。

 

三番目の子、次女は、目立たない子で、
四番目の妹の子守ばかりさせられていた子だ。
普通に高校に行き、普通に都会に就職して、普通に結婚した。

 

末っ子の三女は、
高校卒業後、都会の学校に行きながら働いた。
この子だけは田舎に戻って、田舎の家庭に嫁ぎ、嫁ぎ先の家庭を守りながら、
しかも役所に働き、
自分の実家の両親の面倒をも見ていてくれる。

 

都会に出て行った四人の子供たち、
やがて田舎に戻った三女も含めて、それぞれにドラマがあったのだろう。

 

一方、三女が都会の学校に出て行った時から、
家に二人だけになった両親は、
田んぼで稲作をし、養蚕にも励み、
牛を飼い繁殖させ、子を但馬牛として売る。
この家の最も大きな収入である。
しめて年収70万円。
決して貧しさなどはなく、心豊かな生活である。

 

激しい肉体労働のあとの風呂が楽しみで、
畑で自分で作った野菜をかしわと一緒に煮て食べ、
たまに売りに来る鯖を焼き、
時折、自分の家族を連れて帰ってくる子供たちが一番の楽しみの静かな生活。

 

静かな自然な時間が流れて、
やがて、孫が出来、次から次へと孫が増え、お盆と正月が、もっとにぎやかになった。
三女が田舎に戻ってきて、隣村に嫁ぐ時、それが絶頂であった。

 

あれから20年、その両親も歳を取った。
二人とも80歳を越し、
体も弱って、とうに牛を育てることはやめ、田んぼも、お蚕さんを育てることもやめ、
平坦な年金生活になった頃、
村もすっかり静かになっている。

 

年老いた両親は、体がだんだん不自由になってきて、
怪我したり、病気になったり、入院することも多くなって。
家で生活することすらおぼつかなくなってきた。

 

それでも、仕事を終えてから実家に通う三女の献身も、とうとう追いつかなくなって、
二人とも介護施設に入る。
重い病気を持った父親は病院に付属の施設に、
母親は明るい介護施設に、別々だ。

 

とうとう、家には誰もいなくなった。
四十年前、三十年前、
子供たちの声であふれていたこの家から誰もいなくなった。

 

それでも、この家で育った子供たちは、
特に隣町に嫁いだ三女と目立たない子であった次女が、
誰もいなくなったこの家に時折訪れて、せっせと掃除をして、空気を入れ替える。

 

それをする事によって、誰が住むようになるわけでもないが、
自分たちが育った故郷の家が朽ちていくことが許せないのか、
それとも、その家に誰も住んでいなくなったことを認めたくないかのように、
せっせと掃除をする。

 

その家は、外から見ると、
庭の花が咲き、
芝生も刈られ、草もきれいにむしられ
ガラスの窓もピカピカで、カーテンも半分開かれて、
すべての鍵がかけられている以外は、
その昔、子供たちの声が響き走り回る田舎の家そのものであった。

 

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    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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