谷 好通コラム

2009年09月26日(土曜日)

2313.五十年前の9月26日

50年前の9月26日、伊勢湾台風が東海地方を襲い、5,000人余が命を落とした。
小学校2年生であった私と生後4ヶ月の弟、父と母、一家四人は、
この日、九死に一生を得た。

 

特に弟は、生きていたのが不思議なほどであった。
以下は、10年前にこのブログを書き始めて、最初の頃に書いた伊勢湾台風の話です。


 

2001年3月20日
「第59話 台風の中の命」

 

約40年前の9月26日夜
東海地方を伊勢湾台風が襲ってきた日
谷清隆君はほとんど死んだも同然でした

 

名古屋市の南区、伊勢湾台風の被害が最も大きかった所の一つに
私達一家は住んでいた
その夜、今まで経験しなかった猛烈な暴風雨
小学生2年生の私と、父と母(以後オヤジとオフクロ)
生後4ヶ月の清隆、の4人家族
平屋だが、建てたばかりの家だったので
向かいの古い家の4人家族が避難してきていた
停電の中、ロウソクの回りにみんなでジッとしている

 

深夜、怖いながらも子供達は眠くなってきた頃

 

雨戸の下から、 すすーっとっ水が畳の上をすべるように入ってきた
今でもはっきりと目に焼き付いている
しばらく間をおいて「堤防が切れた―ッ」と、オヤジが叫ぶ!
雨戸を蹴破ると、水がどっと入ってきた
「大生小学校へ避難するっ」とオヤジがきっぱりとうなる

 

この地域は、海抜0メートル以下地帯で
平屋にいては危ない
洪水の時は2階まで水に浸かる
特にこの日は大潮の満潮と重なっていて、最悪の状況だった

 

清隆はどうする!
4ヶ月の赤子、暴風の中、洪水の中
オヤジは苦渋の表情でビニール袋を赤ん坊にかぶせた
「窒息しちゃう、死んじゃうヨー」オフクロの声
「どっちみち、このままでは雨と水で窒息する。同じだ!」
不思議とその毅然とした姿と声を覚えている

 

学校まで50メートルぐらい
すばやい判断が効を奏して、割と早く着いた
ビニールを外してもらった赤ん坊も元気で泣き叫んでいた
学校に着いて
入ったのがなぜか1階建ての校舎
チョット一息している間にも、どんどん水は増えてくる

 

ここにいては全滅だ
向かいの2階建ての校舎に行かねばという事になった
距離にして20メートルぐらい
しかし、水はもう人間の背丈ぐらいまで来ている

 

オヤジ“武”は身長180cmでヤセ型
昔の人の中ではずば抜けて背が高い、かっこいい
対照的にオフクロは140cm台のちっちゃい人

 

長身のオヤジ

 

!右手にオフクロをかかえ
!首に私をぶら下げ
!左手に、ビニール袋を再びスッポリとかぶされている清隆・赤ん坊を抱き
泥水の中に飛び込んだ

 

悪戦苦闘の行進
貯木場から流れ出たでっかい材木が襲ってくる
(多くの人がこの材木で亡くなった)
長~い長~い20メートル、死の行進

 

半ばまで来た時、口まで来た水に溺れ
武が、もがきながら叫んだ
「もうだめだっ、赤ん坊ほかるぞっー」
「捨てちゃいかん、いかん、捨てちゃいかーん、」と言って
オフクロが自分をかかえているオヤジの手を振りほどこうとしている
赤ん坊はなすなら私をはなせ、ということか
すでに赤ん坊をくるんだビニール袋は
オヤジに抱えられたまま、水の中にほとんど沈んでいる

 

その時、目の前にロープが飛んできた
向かいの2階の校舎から、消防団の人が投げたロープ
そのロープを、オヤジとオフクロがつかんだ
そして、あっという間に2階の校舎まで引き寄せてもらった

 

助かりました…
避難の人々でごった返している中
赤ん坊は?
大急ぎでビニール袋を開けた

 

“生きてた”
泥まみれになり、不機嫌そうな顔をして生きていた
オフクロの真剣な顔と、オヤジの嬉しそうなくしゃくしゃの顔を覚えている

 

そういう私は、親父の首を離したら死んでまう!と思って
ただただ、親父の首にぶらさがっていただけ

 

それから赤ん坊清隆は、避難所で元気であった
オシメがないので
翌朝オヤジが家からもって来た“こいのぼり“を腰に巻き
金太郎さんになって元気であった

 

という訳で清隆は「ナンと生きていた!」のである
だから奴は“しぶとい”のです
半端じゃない筋金入りのしぶとさなんです。

 

 

10年前の谷清隆。現専務。

 

 

暑さ寒さも彼岸までと言う。
今日、三十度を越す最後の暑さも、
夏の暑さに慣れた体には不思議とそれほどには感じなかった。
七年前に亡くなった親父が堤防に植えた彼岸花の球根を、親父の友達が植え替えてくれて
きれいに雑草を刈り上げた堤防に、今年は見事に咲き揃った。
50年前、自分の家族を一身で守ってくれた親父の彼岸花である。

 

 

今日の昼過ぎ、打ち合わせが終わってから、
知多半島にドライブに行った。
知多半島は名古屋の気軽に行ける行楽地として休日はいつも混雑するが、
ETC1,000円で行楽客が高速道路に集中しているからなのか、
びっくりするほど空いていた。

 

ドライブと言っても、海に沈む夕日が見たかっただけだが。

 

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    代表取締役会長兼CEO

    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
    読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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