2016年07月24日(日曜日)
7.23.札幌店のLABOレコードホルダー達
キーパーLABOの月間売り上げ記録は、
2016年4月雪解け時期のLABO札幌店が持っています。
その記録を作ったメンバーで、今日の営業もしていました。
店内には8台くらいの車が入っていて、
近藤店長、青山チーフ、尾崎君、
吉田君、藤井チーフ、アルバイトの富田さんの6名が、
それぞれ1台ずつの車を担当して、
それぞれのKeePerや洗車に取り組んでいました。
札幌店は藪スタッフと千葉マルチスタッフ(LABO土日入る営業)の体制です。
新記録を作った今年4月は、
このメンバーに加えて、いざという時の札幌営業所から2人の応援と、
常時、東京から1名ないし2名のスタッフが応援に入っていました。
(それで15,576,773円/4月を達成)
今の時期はもういません。
富田さんは時間が長く働けないのでアルバイトにしていますが、
その実力は社員となんら変らないベテランです。
つまり、全員ほぼ社員です。もちろん契約社員ではなく正社員です。
この店の強い所は、
スタッフの全員が、高い技術で高品質とスピード、安定性を持っていて、
例えば、6台のクリスタルキーパーを同時に引き受ければ、
6人が淡々と作業を進めて、
約1時間半後には、7台のクリスタルキーパーが出来あがり、
約2万円×5台=14万円の売り上げが出てきます。
初めの受注接客と、お返しの引き渡し接客を入れて2時間×7台=14時間です。
これは単純に計算して人時生産性が、1万円/人時になるわけで、
1台を1人が一連の流れを担当し、
必ず1人が1台だけを作業するので、
逆言えば、1台の車を必ず1人だけで作業するので、
店長、コントローラーは、
「○▽君は、・・・を・・にやって下さい。」と言うだけで、
作業途中で人を入れ替えたり、細かい指示を出して
複雑なコントロールする必要もありません。
極端に言うと1台、1人に、1回の指示が出されるだけで、
指図の大声がほとんど聞こえてこないのです。
だから、スタッフがあれやったりこれやったりという混乱が全くありません。
スタッフがジタバタと走ったりしていません。
一人のスタッフに1台があてがわれ、
淡々と作業が進み、
淡々と車が出来あがり、
待っている車にも片っ端から手を付けられていきます。
まったくドタバタしません。
この日は6人で45台、48万円の売上が報告されていました。
ちなみに人時生産性は7,628円/でした。
しかも前年比が23日現在114.8%であり、
月末までには900万に届くかもしれない勢いです。
1台の車には必ず1人で、
1人が集中して、責任を持って高い品質とスピードを作り出すこと。
これは鉄則です。これで混乱の無い取り回しが出来て、
大切なお車を預けてくれてお客様も安心です。
そのためには、基本的にスタッフは社員です。
忙しい時のためだけのアルバイトさんを雇っても、
忙しい時だけに来るそのアルバイトさんに、確かな技術を教えたり、
訓練することは中々出来ず、忙しい時のただの数合わせになるだけに終わります。
数合わせで人数だけを揃えた店で、
中途半端にしか仕事ができないアルバイトさんが、
店長の怒鳴り声で右往左往している店で、
お客様は、質の良いサービスを受けられるとは、思いません。
キチンとした技術を持ったスタッフが、
1人1人が、それぞれ1台の車に集中して、淡々と仕事をしてくれる店に、
お客様は、良いサービスを受けられると想像するでしょう。
美容院さんと同じです。
アルバイトさんを全否定するつもりは全くありませんが、
忙しい時こそ必ずベテランを揃えて、
1台1人の集中で、
淡々と高品質な作業を、
スムースに重ねていくことが一番合理的なのではないでしょうか。
これは一朝一夕に出来ることではありませんが、
これが出来るようになると、
お客様からの信頼も確固たるものになって、
サービスビジネスの基本「お客様のリピート」を得られるのでしょう。
そんな事をここLABO札幌店の、
レコードホルダーたちが教えてくれました。
こざっぱりしてきた尾崎スタッフ。
圧倒的な品質と、追随を許さないスピードは藤井チーフ。
4月のレーコード達成でほんの少し痩せたが、すっかり戻った信頼の近藤店長。
吉田スタッフがどんどんたくましくなっています。
青山チーフはたくさんの子供お父さんです。しっかり者なのです。
富田さんはこんなにかわいいのに、男性スタッフにまったく負けません。
こちら側に4台。(明るいところに洗車の車が1台あります)
こちら側に5台。
しかし、私のような立場の人間は、
この店の土曜・日曜には行くものではありません。
せっかく訪問したのに、
みんな一人残らず作業に集中していて、誰も私の話し相手になってくれません。
出来なかったという方が正解ですが、
これからは繁忙日である土日などではなく、平日に来ようと決めたのでした。
昼は札幌店で、
ゆっくり話をすることが不可能だったので、
時間が余ってしまい、札幌での新店候補を見て回ることになってしまいました。
ちょっと見ただけですが、有望そうな物件がありました。
しかも、昼ご飯には、ものすごく美味しい十勝の豚丼を食べました。
極めて美味、今までに食べた豚丼の中でも最高です。
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2016年07月23日(土曜日)
7.23.久しぶりに札幌に行きます。
朝一番の飛行機に乗って北海道、千歳空港に飛び、
空港には瀧澤所長が迎えに来てくれているので、LABO札幌店に向かいます。
昨年の年末に、鉄粉取りのLABO東海店に取られた売り上げ記録を、
今年の4月に雪融けのLABO札幌店が取り返したので、
すぐにでもLABO札幌店に行きたかったのですが、
色々な用事が立て込んで中々行かずまま、今になってしまいました。
明日24日(日)に仙台SUGO国際サーキットでスーパーGTの第三戦があるので、
仙台に飛ぶ前に札幌に飛ぶことによってLABO札幌店に行くことが出来、
夕方、千歳→仙台の飛行機に乗って仙台に行けばLABO仙台長町店に行けます。
一見強行軍のように見えますが、
2軒のLABOに行って、あとは飛行機に乗るだけなので、意外と大丈夫です。
いま、賀来東日本支社長や鈴置西日本支社長たち
私の若い頃でもやったことがないようなハードスケジュールをこなしています。
今年の3月に東証1部に上がって、
仕事のステージが変わったことを実感するような出来事がいっぱい起きています。
それはそれで大変ありがたいことであり、緊張しますが、
今までの仕事はそのままある上に、新しいチャンスからの仕事が乗っかってくるので、
気が狂うほどの忙しさになります。
この忙しさは、ちょっと感動ものです。
仕事のするステージが上がった訳ではありません。
私達が仕事をさせてもらえるステージが増えたのです。
増えたから忙しくなっている訳で、
私達が偉くなって、仕事のステージが上がった訳ではなく、増えただけです。
このことについて、知恵袋の酒井社長から面白い話がきていたので引用します。
偉くなったと勘違いする人は、自分に人間のランクを作るからですよ。
そうすると(その自分でランクを決めた)人間は、
同じランクかそれ以上のランクの人の話を聞くべきだ・・・と考えるからでしょう。
ランクの低い人の話は、そこでシャットアウトですね。
問題は(自分で決めたランク)でしょうね。
こんなランクなんかは本当はありませんよね。
自分が『僕はこのランクなんだ』と勝手に思うだけです。
これを偉くなった・・・というのか、どうか知りませんが、
自分で可能性を縮めているだけですね。
僕のことを言っているのではありませんが、
可能性や面白い話は、実は規格外の所に転がっていると、僕は思っています。
なぜならば、ある程度のランクの人ってのは、
要するに他人の成功話でしかないからですね。
実は、お店のスタッフで一番下のスタッフの話が一番面白かったりします。
それは、いろんなしがらみがないからでしょう。
もちろん、突拍子もないことを言いますが、それもしかりです。
偉くなったと勘違いをする人は、
自分が正しくなっているので、
自分よりランクが下と思った人の話は聞かないし、
程度の高くない仕事はしなので仕事をするステージはむしろ減ります。
そして、その仕事が正しくなくても、
自分が正しくなっているので、
仕事の間違いが理解できなくなります。
仕事の本質は、ステージが上がろうと何であろうと同じく人への貢献です。
だから、偉くなったと勘違いする人の仕事はピントはずれが多く、
いい仕事が出来ません。これも先の仕事を減らす大きに要因となるのでしょう。
いずれにしても、
仕事で活躍できるステージが増えると別次元で忙しくなるし、
その忙しさを克服した時に一回り大きくなって、
力量も大きくなっているのでしょう。
成長とはそういうことなのかもしれません。
遠くに羊蹄山が見えます。
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2016年07月21日(木曜日)
7.21.雨が降っているのに濡れていない自分の幸せ
雨が降っている時に、
家の中に居たりすると、
雨が降っているのに雨に濡れない自分を、つくづく幸せだと感じます。
動物ならば、雨が降れば、木下や物の影で雨宿りをするのが精いっぱいで、
そういうものが無ければ、
雨に濡れるにまかせて、じっと耐えるしかありません。
そう思うと、
雨が降っても、家の中で、
暖かく乾いている自分がつくづく幸せだと思います。
車に乗っている時ならば、
車の外のものが叩きつける雨に濡れているのに、
目の前のウィンドガラスがワイパーで視界まで確保されながら、
まったく濡れずに暖かい自分が、
何か特別にぜいたくをしているような豊かで幸せな気持ちになります。
しかし、その幸せ感は、
過去、特に子供の頃、雨にびしょ濡れになって
寒くつらい目に合ったことがあるからこそ、
雨が降っているのに濡れないことに幸せを感じるものでしょう。
私が中学生の頃、
同級生の悪がきの友達と、
南区の実家から20kmくらい離れた日光川に、
自転車に乗ってハゼ釣りに行った時、
潮が悪くてハゼはぜんぜん釣れず、キスも釣れず
昼ご飯は菓子パン一つだけで、腹ペコで
おまけに、昼過ぎには、しとしとと雨が降ってきて、
その内にびしょ濡れになって、
寒くて、ガタガタ震えながら、
自転車に乗って友達と帰ってきたことがあります。
それは辛く、空腹で、あったかい握り飯がものすごく食べたいと思いました。
遠い所にまでハゼ釣りに行ったのに、一匹のハゼも持たず、惨めの極致でした。
なのに、そんな時に限って、
途中で、一緒に行った友達の自転車のタイヤがパンクしたのです。
友達は、自転車に乗れず、パンクした自転車を押して歩くしかありません。
私の自転車は無事で乗れますが、雨の中、友達に付き合って歩くしかありません。
友達に怒りあたる訳にもいかず、
でも、寒くて、腹が減って、疲れて、
根気が続かなかった私は、歩く友達をほかって
1人だけ自転車に乗って走って帰ってきてしまいました。
裏切りの後ろめたさにさいなまれながら。
私の原体験です。
だから、家の中で、傘の下で、車の中で、
”濡れない”幸せを強く感じるようになったのかもしれません。
でもあの時、一番きつかったのは、
寒さでもなく、
空腹でもなく、
疲労でもなく、
友達を裏切った後ろめたさだったのでしょう。
今でも、その罪悪感をはっきりと胸の痛みを伴って思い出します。
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2016年07月20日(水曜日)
7.20.一分の隙間もない毎日を幸せと感じる
私の毎日は、このところ、一分の隙間もないくらい充実しています。
それでちゃんと予定が済んでいくのですから自分でもすごいと思います。
予定と予定のつなぎ目に隙間がないというのは、
その隙間に事務所の人が色々な報告を持ってきたり、相談ごとに乗つたりします。
また、私宛とは限りませんが、ひっきりなしに届くメールをチェックしていると、
少なくとも隙間はキッチリ無くなります。
それでも、お昼ご飯はキチンと食べられるのは、
私の多忙も大したことはありません。
しかし、昼食後の「午睡」は大好きなのですが、最近はなかなかできません。
一日がすごくぎっしりと詰まった一日ですが、
つらいとは、全く思いません。疲れたとも思いません。ため息は出ますが、
何十人かの人と話をして、
一人一人とコミュニケーションを持ちますから、
心底から幸せだと感じます。
人は、人との心の交換によって、自分の存在を確かめられ充実します。
私は一日中考え、感じ、議論し、聞き、心で接触して、幸せです。
特に仕事の連中は、最高です。
東京から一緒に夜9時前に帰ってきました。
看板のスペシャリスト古味係長。
店舗部の佐々木マネージャー。伊藤佳代子デザイナー。
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2016年07月19日(火曜日)
7.19.私は間違っているのかもしれない。
私は1部上場会社の社長ですが、
人より優越感を持つことは、ただの一つもありません。
正真正銘一緒です。”らしく”できません。
それは私だけでなく、連れ合いも同じで、それでうまく行っています。
私は1部上場会社の社長らしくありません。
しかし、今の会社は私が創りました。
全ての施策に渡って、細部に渡り、私の企画と責任の元に創りました。
だから、この会社は私が創った会社です。
その上で、
私も含むみんなが力を合わせて組織を造り上げ、会社本体を造り、
日頃の世間への貢献を全員で作りあげました。それを私を含む皆が動かしています。
この会社を設計し、指示し、創りました。だから責任者です。
この会社を施策の元に造り、動かして、
社会への貢献を作り出しているのは会社の役員、社員・アルバイトも含めて全員です。
それぞれの役割分担があります。
特に実際に体と頭を動かし心を込め働いてすべてを作り出している場所は現場です。
それを会計という規則に従って計算し記録したり、
事務的に支えるのが事務方です。
現場が「主」であって、事務方は「従」です。
現場の人間、すなわち稼ぐ人間が、
社会への貢献があるから現場はもちろん事務方も報酬を得ているのであり、
だから、会社は社会から必要とされています。
私のような経営者は、社会への貢献の方法と、
それを実践する設計図を企画し書き、提案し、指示することが仕事であって、
現場があって初めて存在し得る立場です。
だから、自分そのものに現場に対する優位性がある訳ではありません。
私自身が、貢献して役に立ち、必要とされる人間であれたらいいと心底思うので、
私自身も現場の人間そのものであるとして十分に満足です。
私は、偉いとか、優位性を持っているとか、上位であるとか、
そういうものとは全く縁がありません。
だから、優位を示すような持ち物には興味がないし、
見た目、”らしさ”には全く価値を感じません。
一時は所得が上がってくるにしたがって、
“らしい物“を欲しがった時期もありましたが、
すぐにつまらなくなって、興味が無くなりました。
しかし自動車だけは、欲望を持って贅沢をしてきたこともありますが、
今は、乗りやすい車、気分が良い車が一番になって、
それ以上を望むことはなくなりました。
だから誰と話をしても、普通に話をすることが出来ます。
優位性を持てなくてもまったくかまわないし、上位である必要もありません。
誰とでも。普通に同じ水平線上で話すことが出来ます。
それを私は誇りと思ってやってきました。
それが自分らしさだと思ってやってきました。
しかし、それがひょっとしたら間違っているのかもしれないと思い始めたのです。
私は、発想力とか、分析力、企画力、創造力、つまり仕事をする能力において、
たまたま人並み以上の力を持っています。
うぬぼれて言う訳ではなく客観的に見て、私はかなりの力を持っていて、
仕事をやらせたら体力的に劣っている分以上に、仕事が出来ます。
しかし、だからと言って、
自分が上位であったり、偉いと思ったりはしません。
それはそれ、これはこれです。
私はもっている力で仕事の成果を上げても、
いつも普通の人と、普通に話をするので、
共に働き、話している相手が、
自分もその成果が出来るような者であると勘違いを起こすことがあります。
自分も仕事が出来るような気になってしまい、
周りも、会社の仕事の成果と、
その人をごちゃまぜにして、勘違いの人間をチヤホヤし、
ますます勘違いを増幅させてしまったりするのです。
しかし、ふと考えると、勘違いの一番の元は、
私が誰とでも普通にしゃべってしまうことにあるのかもしれません。
私が上位ぶらず、優位ぶらずに話をするので、
私の同じように仕事が出来るような錯覚をして、勘違いが始まり、
しかしそれ程は仕事が出来る訳ではないので、私が叱ると、
「解かってくれない。」と、逆恨みをしてしまうのかもしれません。
私は誰とでも普通に話をするので、
勘違い人間を作り出しやすいのかもしれません。
私は誰とでも普通に話をすることが当然だと思うし、それが好きですが、
しかし、それが勘違い人間を造る間違いの要因だとするならば、
私はもっと社長”らしく”して、
もっと”らしく”話をしなくてはならないのかもしれません。
私はそれが嫌いで苦手ですが、
“らしく”しないと、
バカな勘違い人間を作り出すとしたら、
わたしは無理をしてでも”らしく”しないと私は間違っていることになります。
本当に私はこれまで間違っていたのかもしれません。
しかし、そうは思っても、
らしくすることに強い嫌悪感を持っているので、私には無理です。
だとするなら、
勘違い人間には、用心をして、関り合わないようにすることが精いっぱいです。
だいいち、私は人を信じ込んでしまう悪い癖もあります。
どうでもいいですね。
違う話ですが、
↓これは間違っているかもしれません。
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