谷 好通コラム

2024年01月26日(金曜日)

01.26. 大きな会社で、偶然に、又、成績を上げてしまった。 26才、

 

お役所のような大きな会社での仕事は、案の定、つまらなかった。前職の新興会社では毎日が勝負でダイナミックだったが、その大会社は、毎日が無事であることが大前提であり、その上で、会社の指示・指導に従い成績を上げることを求められる。しかし机上の空論のような指示で、売上げが上がる訳がない。しかしその頃、私にはもう妻と子供がいる。だからしょうがないと、打算的にダラダラと勤めていたら、とんでもないことが起きたのです。

第2次石油パニックの影響で、前職の新興の会社が突然、倒産したのです。その新興の会社はあまり正規ルートでの仕入れをしていなかったので、石油パニックで必要な数量の仕入れが出来なくなり、あっという間に潰れたのです。

 

その潰れた会社の本店(以前、私が所長だった)の近くに、私が新しく勤めている大きな会社の店舗がたまたま一つあって、25才の時、たまたま私がその店の店長になったばかりだった。だから、その潰れた会社の本店でガソリンを入れていた掛け売りの客先(私はすべての客先を知っていた)に大急ぎで全部回って「私の今の会社の店舗で、燃料を引き続き入れさせていただく伝票を造らせて下さい。」と言って回ったら、給油先に困っていたお客様達は、喜んで新規に取引を始めてくれた。すると、新しい大会社の店舗の売り上げが一挙に2倍近くにまでなった。そのへんのカラクリが東京の本社には伝わっていなかったようで、「谷という店長はものすごい力を持った奴らしい」と、勝手に、私はまたスター店長になったのです。それから私は何年も我が家の春のごとくだったのです。すると、私の中に馬鹿な勘違い男がまたむくむくと起き上ってきた。

 

大会社の東京の経営者の皆さんが私に一目を置くようになって、私の声に耳を傾けてくれるようになると、俄然、私は直属の上からの指示に異論をはさむようになり、つまり、言うことを聞かなくなって厄介な存在になった。やがて、私のバカな勘違い男の悪い癖はエスカレートし、とうとう、また会社を辞めてしまったのです。私が28歳ぐらいだったでしょうか。

 

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    谷 好通

    キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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